サードがとの生活に慣れてきたころ、休日はやってきた。は外に出て色々な場所を回りながら自分に関することをサードに教えていった。 例えば、本屋に行ったなら、「この小説家が好き」、「あのジャンルが好き」。コンビニに行ったなら「こんなお菓子が好き」、「あの飲み物が好き」。とある中学校の前に来ると「出身中学はここ」――。 そんな感じでいいのか、とはサードに尋ねたが、彼はいつものように『充分です』と笑った。 だが、満たされぬのは「彼女のことをもっと知りたい」という感情。一つ知るたび、また一つ知りたくなる。その繰り返しだった。自分がこんなに情報に飢えているとは。サードは不思議だった。 長い時間歩いて疲れたので、二人は休憩することにして近くの公園に立ち寄った。 「いい天気だなあ」 んー、と伸びをして脱力。はベンチに足を投げ出して座っていた。そよぐ風が気持ち良い。 『そうですねえ』 そんな彼女の膝の上に乗せられた鞄から顔を出しているサードはのんびりと返す。 彼はふと、暖かな風に乗って自分の知っている電波が流れてくるのを感じた。 『おや、セブンの電波が……』 「近くにいるのかな」 はきょろきょろと辺りを見回す。すると、向こうの方から自転車に乗ったケイタの姿を発見した。彼もに気づいたらしい。片手をハンドルから放し、小さく彼女に手を振ってきた。 『ケイタ、片手運転は危険だ』 「心配しすぎだよ」 ハンドルバーの中央に専用のホルダーがあり、ケイタはそこからセブンをはずすと、そんなやり取りを交わしながらとサードの元へ来た。 「ケイタ君。散歩?」 「まあ、なんとなく自転車で走りたくなったと言うか……」 「あ、分かる分かる。天気がいいと妙に外出たくなるよね」 『私には理解しがたいな』 「そーいうもんなの!」 それよりさ、とセブンの小言を無理やり遮り、ケイタはサードの顔を覗き込むと「サード、元気?」と聞いてきた。 『ご機嫌麗しゅうございます、網島様にセブン。私はいたって快調でございます』 「良かった。桐原さんと離れてるからさ、寂しいのかなーって思って」 並列分散リンクをセブンに許可した自分が変わらず任務につくことができるのは、桐原とサードが自分たちの分まで責任を負ってくれたからだ。彼はそのことで彼らに負い目を感じているのだろう。いつもと変わらぬサードの様子に、ケイタはほっと安堵の息をついた。 『今は様がいますから、新鮮な環境ですし、それに楽しいです』 『そうか。それは良かったな』 まあ、並列分散リンクをした記憶は消去されているから、セブンとサードはいまいちよく分かっていないのだろうが。 「そうだケイタ君。この前英語で聞いてきたところ、分かった?」 「あ、はい。さんのおかげで解決しました!」 彼女はケイタの一つ上なので、彼は勉強で分からない所があるとたまに聞いてくる。中にはいまいち教えづらいものもあるが、は自分の分かる範囲で教えていた。 自分の説明で大丈夫だろうか、と毎度思うのだが、ケイタからこう元気のある返事が聞けると安心する。 「あ、そうだ。ケイタ君、試験終わったらちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど……」 「え、なんですか? 俺にできることなら構いませんけど」 「実は……」 はケイタに腰をかがめるようちょいちょいと手を動かし、彼の耳元でなにかをひそひそし始めた。 途端、サードは何故だか分からないが、声をあげそうになった。それを抑え込むように、慌てて口元を押さえて黙りこくった彼を、セブンが不思議そうに見つめた。 『どうしたのだ、サード。先ほどから黙っているが……』 セブンの声にふと顔を上げてみると、ケイタの話を楽しそうに聞くの姿が自然と目に入って、サードは思わず目をそらした。回路のどこかがつきりと痛む。 表現しがたい、もやもやとした感情がわきあがってくる。今までに経験したことのない感覚にサードは戸惑った。 (これは……なんでしょう) 自分は何をそんなに苛ついているのか。二人の談笑を遠くに感じながら、サードは考え込んだ。 (もしや、私としたことが、網島様を邪魔だと感じているのですか?) なぜそんなことを思ってしまうのか。理由は分からないが、醜い感情だと言うことは分かる。サードは無性に悲しくなって顔をうつむけた。 彼の異変に気づいたが会話を中断する。 「サード、大丈夫?」 『あ、いえ、別に何でもございません!』 そうは言うものの、どこか無理をしているように見える。は不安になって「帰ろうか?」とたずねた。 『確かに、少し顔色が悪いようだ。無理はしない方が良い』 ロボットに対し「顔色」と言うのは変じゃないか、と言う意味も含めてケイタは「よく分かるね、セブン」と思わず口にした。本人は『当たり前だ。フォンブレイバー同士だからな』と妙に偉そうだ。 「セブンもそう言ってることだし、今日はおいとましようか」 『す、すいません、網島様、セブン』 「いいよいいよ」 『無理は禁物だぞ、サード』 はサードを大切そうに鞄に入れると、「じゃ、また今度」とケイタとセブンにゆるり手を振って公園を後にした。 パラドクスに溺れる科学者 |