学校の後ダッシュでアンカーに行ったは、まず不機嫌オーラだしまくりの桐原にサードを渡してから自分の持ち場に移り、特に問題もなく一日を終えた。

 そんなことがあり、異常な疲労感を覚えたは、帰ってすぐに風呂へ入ろうとしていた。

「タオルにくるまっててもらっていい? そしたら連絡あったときにすぐ対応できるから」
『かしこまりました』

 突然の連絡があったとき、あわてて湯船から飛び出して電話に出ようものならサードがぬれてしまう。それは彼女なりの対策だった。ふわふわとしたフェイスタオルをサードに渡しては風呂場へ向かった。

「フォンブレイバー用の防水パーツがあるといいんだけど……」
『それを作るのが開発部のお仕事ですよ』

 扉越しに聞こえてくるサードの声に彼女は「あ、そっか」と笑った。頭や体を洗いながらはさっそく防水パーツについての案をめぐらせていた。

「ドリルをつけて渦起こすとか!」
『水中戦になることがあり得るのかどうかわかりませんが……』

 父親の趣味が移ったのか、彼女は若干古いロボットアニメに影響されすぎだ。興奮気味なに冷静に指摘するサード。先ほどまでのハイテンションはどこへやら、彼女は「ないかも……」としょげつつ頭を洗い流した。

『防水機能だけで良いかと思われます』
「つけたままフォームの移行ができるようなの……」

 そんなやり取りを交わしながらもやっと湯船につかり、彼女はふうと息をついた。自然と今日起こった出来事が思い起こされていく。は湯の中でひざを抱えるとぽつりと口を開いた。

「……サード、ごめんね」
『突然どうなされましたか様』
「サードだって桐原さんと少しでも長く一緒にいたいよね」
『それはそうですが……』

 滝本の紹介でアンダーアンカーへ入った桐原とサードがバディになって何年だったか、と湯気の立ち上る天井を見つめながら彼女はぼんやりと記憶をたどっていた。

 フォンブレイバーが善悪を知るには子供の純粋かつ柔軟な思考が役に立つ――そう意気込む父親に連れてこられて以来ずっとアンカーにいるは彼らの出会いの瞬間も見ていたのだ。

 だからこそ、そんな二人の間に自分が入り込むようなことをするのは気が引けた。

「明日から自転車登校にしてアンカーに着くの、できるだけ早くするねー」

 それが自分のしてあげられる精一杯のこと。はそう心の中で呟いてばしゃりと風呂の湯を顔にかける。

『……言っておきますが、私は様といる時間も好きですよ』
「え?」

 予想外の言葉に、はすりガラスのドア越しにサードを見つめる。

『いつもはここまで関わりあうことはございませんから、この機会は大切にしたいと思っております』
「ほ、本当?!」

 サードは優しく『ええ』と返すと、ロボットは嘘をつきませんから、と付け足した。

「よ、良かったあ〜……」

 深く深く吐き出される、安堵の息。そこまで自分を心配してくれていたのか、とサードは驚いた。
 それと同時に湧き上がってくる、わずかな嬉しさ。その心地よい気分に浸っていると、一瞬時を忘れた。彼は、の「そろそろあがるよー」と言う声で我に返ると慌ててタオルの中にもぐりこんだ。

*

「おやすみ、サード」
『お休みなさいませ』

 桐原から借りたフォンブレイバー専用の充電器にサードを乗せ、は布団に入った。ベッドサイドのライトだけを点けた状態で、枕元に置いてあった文庫本を読み始める。その一心不乱な、でもどこか楽しそうな彼女の様子に、サードは『読書中申し訳ありません』とためらいながらもそっと声をかけた。

「ん、どうしたの?」

 嫌な顔をするでもなく、読んでいる箇所を押さえながらは顔を上げた。

『少し先にお休みがありますよね。ですので、その日は様のことをもっと教えていただきたいのです』
「私?」
『はい。長い期間を一緒に過ごすのですから、基本的なことを教えてくださらないと、何か失礼があっては大変です』

 と言うのも、サードはこの一日で自分がのことをあまりにも知らなさすぎると感じたからだ。彼女の趣味が分かれば話だって盛り上がる。

 いや、本当の所彼はただ単にのことを知りたいと、そう切望したのだった。今日初めて与えられた情報だけでは満足しない。与えられれば与えられるほど、もっと知りたくなるのだ。

 このよく分からない感情に無理やり理由付けたサードは、に悟られないようにこりとほほえんだ。彼女は、サードらしいその「理由」に納得して「うん、分かった」と返して再び本を読み始めた。





陽だまりレム睡眠