『ラプターワン』と呼ばれるものが夜の冷たい空気を切り裂きながら走る。 Hello, world. 「ヨシノー、こっちこっち」 「?! なんでこんなところに……」 彼女、DATSの藤枝ヨシノが出動要請で現場に来てみると、声の主であるが学生服に身を包み、手袋をはめた手をひらひらと振っていた。 「報告受けたから散歩ついでに寄ってみたの」 そしたらこんなことになってました。は一笑するとまたラプターワンの方へ目を向けた。ラプターワン――アグモンは一人の男子と向き合っていた。 「誰なのあれは」 「知らない。……ああ、散らばってた人間はアグモンじゃなくて彼の仕業みたい」 俺のシマを荒らしやがって、とか喧嘩番長だとかの言葉が耳に入り、「何あれ」とヨシノの顔が引きつる。 「デジモンに喧嘩売ってるし……」 「そのデジモンも喧嘩を買ってるね」 ああもう最悪なんですけど、とヨシノが頭を抱えたとき、彼女に通信が入った。ラプターワンと民間人を遠ざけろ、という命令がインカムからもれて聞こえる。 了解、と答えてヨシノが再び目標に目をやると、そこにはの姿が追加されていた。 「ちょっと、っ?!」 「何だよお前! 邪魔する気か?!」 「まあ、厄介なことになるかなーって思って、一応」 「厄介ごとなら朝飯前だぜ! これは男と男の戦い! 邪魔すんな!!」 「そうだ! 男と男だ!」 あらら、と大して驚いた様子もなくはすたすたとヨシノの元へ戻ってきた。 「だそうです」 「だそうです、じゃないわよ!」 「分かったならとっととすっこんでろ!!」 彼の気迫に押された――のはヨシノだけ。は「元気だねえ」とからから笑った。 「お前も良い度胸じゃねえか。……来い!!」 「おう!!」 二人は互いに向かって拳を振り上げた。 (面白いなあ) まるで青春ものの映画を見ているようだ、とはぼんやり思った。それと同時に、やっぱりお父さんの所にいたほうが良かったかも、などと考えつつまた二人に視線を移す。殴る蹴るのやり取りはまだ続いていた。 「そこまでよ!」 『男と男の戦い』が終わったのを見計らい、デジヴァイスからララモンをリアライズさせて淑乃は言い放った。 「よっ、ヨシノ……!」 「命令は命令! ほら、も!」 「……ドルモン、リアライズ」 は「命令」という単語に言葉を詰まらせ、渋々自分のデジヴァイスからドルモンをリアライズした。ドルモンは大きくあくびをして「やっと出られたあ」と目をごしごしとこすっている。彼、大門マサルはぎょっとして目を見開いた。 「なっ、なんだあ!?」 「おとなしく私たちと一緒に来てもらうわよ!」 「ごめん……」 いきごむヨシノと反対に、はしょげた様子で「命令らしいから……」と弁解している。 「何なんだよこいつら」 「おれを捕まえに来た……はどうだかしらないけど……。……おれ、捕まったら処分されちまうんだ!」 ドルモンの「なんだってえ?!」という叫びと同時にマサル、そしてなぜかの目が見開かれた。 「どういうこと、ヨシノ!!」 「どういうことだよお前!!」 二人いっぺんに問い詰められ、ヨシノは「あーもううるさいわね!」と声を張り上げ、ララモンをくりだした。武力行使はないでしょ、とから不満の声が上がるが無視だ。 「ナッツシュート!」 「わっ、とと、きみ! その子を連れて逃げて!!」 「おう!!」 アグモンをつれて逃げるマサルを、「逃がすもんですか!」と追いかけようとするヨシノの前に、が慌てて立ちはだかった。 「っと、ドルモン退化、ドリモン!」 「メタルドロップー!」 「きゃあ! 何すんのよ!」 「ベビーフレイム!」 振り向きざまにアグモンが口から炎の塊を吐き出した。地面に当たったベビーフレイムは砂埃を巻き起こし、それに紛れて彼らはうまく姿を消したのだった。 「やるねえ」 砂埃がやんで、常備しているゴーグルをはずすとは興味深そうに呟いた。 「それどころじゃないわよアンタ……共犯よ、キョーハン!」 「分かってるよ、ヨシノ」 「はあ……私は知らないわよ」 「勿論ヨシノには迷惑かけないよ」 にこりと微笑むにヨシノは頭を抱えた。 * マサルにはコンビニへとやってきていた。というのも、アグモンが空腹らしく、マサルがおいしそうに見えて噛み付いたからだ。仕方ないので、アグモンにその場を動かないよう命令し、マサルは彼のための食料を調達に来ているというわけだ。 様々な種類の食べ物が大量に入って重たいかごをカウンターに置いて財布を取り出そうとしたとき、横から手が伸びてコーヒーゼリーをかごに追加した。勝手に人のかごに入れるな、と抗議しようとしてその手の主を見るなり、マサルは目を見開いた。 「お前……っ!」 それはヨシノだった。彼女は有無は言わせないといった表情で「良いわよね?」と笑う。代金を払う気はさらさらないようだ。 「……もう一人の奴は?」 「ああ、のことね。あの子は貴方をかばったせいで……ねえ?」 意味有り気に意地悪く笑うヨシノ。実際は―― 「前々から反対と言っていましたけど、やり方が強引過ぎると思うんですが?」 DATSのやり方について堂々と抗議をしていた。 「しかし、異端者は……」 「異端者って何? 昔はクダモンそんな考えじゃなかったよね?」 「いや、だからな、……」 「お父さんもお父さんですよね。もう少し人情とか義理ってもんがないんですか?」 「お、落ち着いてよ〜」 隣でおろおろするドリモンに「私は落ち着いてますけど」と淡々と言う。彼女は再び口を開こうとしたが、司令室の扉が開く音によってそれは遮られてしまった。誰が入ってきたか予想はついている。 「なんだここ?」 ヨシノの後にきょろきょろと司令室を見回すのは例の大門マサル。 「ごめーん……」 彼を見るなりしょんぼりとうなだれた。マサルは「あ! 優しい方の奴!」と彼女を指さしほっと息をついた。 「オレ、あんたがひでえ目にあってると思ってたんだぜ! あー良かった……」 「あれ、アグモン、じゃない、ラプターワンは?」 見当たらないね、と言うの呟きにマサルは「あいつは、」と彼女の耳元でこそりと話そうとしたのだが、薩摩の声でそれはさえぎられる。 「君が大門マサルか」 「え、まあそうだけど」 「私は隊長の薩摩だ。――DATSへようこそ」 『DATS』という単語にマサルは再び辺りを見回した。その横でクダモンは「彼に特別な力があるようには見えないが」とひとりごちたのを耳にしたのか、彼は驚いてその声のほうに振り向いた。 「なんだこのえりまきヤロー!?」 「なっ」 えりまき呼ばわりされ、ショックを受けるクダモン。は慌てて「この子もデジモンだから!」とフォローを入れる。 「彼は私のパートナー、クダモン」 「DATSではひとりひとりがパートナーデジモンを持っているの」 ヨシノがふわりとやってきた自分のパートナーを抱えると「この子はララモン」と紹介する。 「なんか色々うろついてるけど、みんなそのデジモンってやつなのか?」 「そうよ。DATSっていうのはデジモンと人間が協力してデジモン犯罪を対処する組織なの」 「……この毛玉もか?」 毛玉、とマサルが指すのはの抱いている幼年期デジモン、ドリモンのことだ。「毛玉っていうなー!」とぷんすか怒るドリモンをなだめる。 「この子はドリモン。そういえば、私の自己紹介もまだだよね。私は。よろしく」 「おう、よろしく! さっきはありがとな。……って、何でも良い、早くあいつに食べ物を……」 食べ物。はてアグモンは特別なものを食べたかと彼女は疑問に思ったが口にするのはやめておいた。 「焦るな。ラプターワンが生きるか死ぬかは君にかかっているのだからな」 突然言われても何のことだかさっぱり分からない。マサルは首をかしげた。 「今ね、この人間の住む世界と、この子達デジモンの住む世界との壁が崩れ始めているの……理由は分からない」 「そのことによってデジモンたちは頻繁に人間界へ現れるようになった」 「人間界とデジタルワールドのバランスを保つために、ラプターワンのようなはみだしものは処分しなくてはならないということだ」 「だからその『処分』が間違ってるって言ってますよね」 マサルへの説明のはずが再び口論になりそうな雰囲気。間に挟まるドリモンがあたふたとしていると、デジモン反応が出たことを知らせる警告音が鳴り響いた。 「D59区域、ハンバーガーショップが襲われました!」 「まさかラプターワンじゃ……おなかすかせてるって言ってたじゃない!」 「そんなはずねえよ! 第一、お前さっき『特別なエサしか食べない』って言ってたじゃねえか!」 「……さっきから思ってたんだけど、デジモンって何でも食べるよ」 「なっ……?!」 「って言ってもアグモンは竜種族の中でもおとなしい子だし、ありえないと思うなあ……ってあれ?」 がぶつぶつ言っている間にマサルもヨシノも消えていた。もしや、とが恐る恐る薩摩の表情を伺うと、彼はため息を一つついてから、口を開いた。 「……は現場に!」 「はいぃ!」 * 「また派手にやったなあ……」 息をつくとは「ドリモン、進化だよ」と呼びかける。幼年期から成長期への進化はデジモン自らの力があれば自由に出来るのでテイマーとしても楽だ。ドリモンは一回り大きいドルモンへと進化する。 「……ねえ、どうせおれやっちゃだめなんでしょ?」 「ごめんね、ドルモン。マサル君の力が見たいんだ」 が言うならがまんするよ、とドルモンは彼女の手に自分の鼻を押し付けた。 誰かが走ってくる音が響いた。うわさの人物が到着したようだ。 「なんなんだこいつ?」 大門マサルとアグモンは暴れるデジモンを見据え呟く。 「コカトリモン。鳥種族のデジモン」 「っ!」 「待ってたよ、大門マサル君」 「どういうことだ?」 「『コカトリモンを倒せ』。私が言いたいのはこれだけ」 その表情はいつもの笑みをたたえている。は怖いことを平気で要求するから怖い。しかしマサルの反応は一般人のものとは異なったのだ。 「……上等! こいつのせいで俺の子分が濡れ衣着せられたんだ! そしてお前には助けられた。その分きっちり返そうじゃねえか!」 「アニキ!」 彼女は「頼んだよ」と一笑して言った。そして彼らはコカトリモンに向かっていく。マサルはコカトリモンの首にだきつき、アグモンは地上からベビーフレイムを放つ。 「早く逃げなさいよ! 死んじゃうわよあんたたち! も早く対応しなさい! って首振るんじゃないわよー!」 何があったのか、ヨシノはわざわざ非常階段で下りてきていた。しかしそこもコカトリモンの炎攻撃を受けていて、彼女はその場から動けずにいる。そしてマサルは答えるように叫んだ。 「男の喧嘩は常に命がけ! 負けることを恐れた時点でそいつはもうすでに負けてんだよ!」 だがそのとき、コカトリモンが大きく身構えた。閃光が走りそれはアグモンに当たる。 「っ、アグモン!」 「〜……」 ドルモンが心配そうにの顔を覗き込んだ。だが、彼女は何も言わず、マサルとアグモンを見つめているだけ。 (ここで手を貸しちゃいけない。分かってる、これは危険な賭けだ。私の読みが外れればアグモンは……) 彼女はアグモンとマサルを見つめるだけ。かれは立ち上がった。そして再びコカトリモンへ向かっていく。 「このヤローっ!!」 その瞬間、振りかざしたその拳にデジソウルが輝きだした。来た。はぽつりと呟いて、思わず身震いした。 「これを使え」 突然声が飛んできて、その声の主はなにかをマサルに投げた。 「なんだこれ?」 「それはデジヴァイス」 「マサル君の持つ力でアグモンを復活させることができる」 「その力こそデジソウル!」 劇のごとくうまい掛け合いをしてデジヴァイスの説明をした湯島と。顔を見合わせるなり親指をぐっと立てあった。 「……」 マサルは自分のデジソウルを見つめた。そして拳を握りしめ、デジヴァイスを構えた。 「デジソウル、チャージ!!」 オレンジ色のデジソウルがアグモンを包み込む。彼の目はゆるりと開かれた。 「――アグモン進化、ジオグレイモン!!」 「これがもうひとつの可能性……グレイモンではなく、ジオグレイモン!」 これが彼の進化。はその勇姿に目を輝かせ、息を呑んだ。 ジオグレイモン。グレイモンの亜種と推測されている、成熟期の恐竜型デジモン。必殺技は―― 「メガフレイム!!」 口から勢いよく出された炎。その火炎はコカトリモンを焼き尽くしていく。その圧倒的な強さに、マサルは唖然としてジオグレイモンを見つめていた。 コカトリモンがデジタマへと戻るのと同時に、ジオグレイモンもアグモンへと退化した。力を使い果たしたのだろう。マサルはすぐさま彼の元へと駆け寄った。 「すげえ! さすが俺の子分!」 興奮するマサルにそう言われ、照れたように「えへへ」と笑うアグモンだったが、ぐう、とおなかの音がなった。 「嬉しいけど、おなかへった……」 もう動けない、とその場にぐったりとへたり込むアグモン。その時、「はい」と横から手が伸びてアルミパックに入ったゼリーを彼に手渡した。 「!」 その正体はだった。彼女は「二人ともお疲れ様」と穏やかに笑った。 「無理難題に応えてくれてありがとう。思って退場にすごかったよ!」 進化にはたくさんのエネルギーが必要だ。でもアグモンは空腹の状態でそれをやってのけた。加えて、まだ出会ったばかりのマサルとアグモンの絆も素晴らしいものだった。 「俺とアグモンに任せりゃこんなの朝飯前だぜ! ……でもよ、その『君』はやめろよ」 「あ、嫌だった? ごめんね。じゃ、改めて……よくやったね、マサル」 彼女がにこりと笑い右手を上げる。それに応えてマサルも右手を上げる。ハイタッチ。この二人も短時間でだいぶ仲が深まったようだ。 その横で、アグモンがドルモンにゼリーの食べ方を教わっていた。 「でも、人間を傷つけたことに変わりないわよ」 ヨシノもようやく地上に下りられたようで、コカトリモンのデジタマを抱えそう言い放った。しかし四人は良く分からないようで頭をひねる。 「あのー、ヨシノ。私言ったじゃない。『散らばってた人間はアグモンじゃなくて彼の仕業みたい』って……」 「うん、おれもが言ったの覚えてるよ」 そう言えば、と思い起こしてみるが認めたくはないらしく、ヨシノは赤面して「いいのよ!」と叫んだ。 「あんたたち全員逮捕するから構わないわ!」 「理屈が変だよヨシノ〜! ドルモン退化!」 「メタルドロップ!」 「ベビーフレイム!」 「逃げるぜ!」 「まちなさーい!!」 あ、デジャヴ。は苦笑すると、DATSが賑やかになることをこっそり喜んだ。 |