世界樹に拒絶されてどれほど経ったのだろう。私はデジタルワールドでただぼんやりと立ちつくすことしかできなかった。

 それは、突如現れた前イグドラシルの残留プログラムが原因だった。デジタルワールドに二人の神は必要ない。欠片とは言え、前イグドラシルの力は強大だった。その結果、私は神の肩書きを剥奪されたのだ。

 なるのもいきなりならやめさせられるのもいきなり。まだ誰にも別れを言ってなかったのに、この世界ときたら。

 神でなくなった以上、テイマーでないただの人間がここにいるのも危ない(いや、実際は人間でもデジモンでもないあいまいな存在だけど)。両手にあるずきずきとした痛みと熱にこらえながら、私はふらりと歩き出した。行くあては、ない。




born again



 気が付くと私は『はじまりの町』へと足を踏み入れていた。パステルカラーで彩られた町並みが愛らしくて、思わず目を細めた。ここはいつも命の輝きであふれているから、私は好きだ。だから自然と来てしまったのかもしれない。

 私はデジタマひとつひとつを見てまわった。中には幼年期のデジモンがぴょこぴょことはねている。私は、この子達の未来のためにもこの世界を司ってきたのだ。その任も、もう解かれたけど。

「わーっ、かみさまだー!」

 足元で舌足らずな歓声が上がる。そこで私は思わず耳を疑った。今、この子はなんと言った?

「ねえ、神様って誰のこと?」

 しゃがみこんで私はその子、ボタモンに聞いてみた。するとボタモンは満面の笑みでこう答えたのだ。

「だれって、あなたのことだよ!」

 驚きで目を丸くしていると、いつの間にやら私の周りに沢山の幼年期デジモンが集まってきていた。

「こっちだよ」
「こっちこっち」

 押しやられるようにしてその子達につれていかれたのは、ひとつのデジタマの前だった。期待のこもった眼差しを感じる。一体、ただの人間に何をしろというのだろう。

「この子はあなたをまってたんだよ」
「ずっとずーっと!」
「しゅくふくしてあげて」
「あなたにしかできないんだよ」

 祝福。私はじっとそのデジタマを見つめた。今の私は、神の恵みを与えることなんてできない。でも、命の誕生を喜び祝うことならできる。

 私はデジタマをそっと胸に抱いた。あたたかい。なんてやさしいぬくもりなんだろう。

「私を待っていてくれて、ありがとう」

 その時、デジタマがわずかに動いたかと思うと、ぱきりとひびが入ったのだ。一声も上げる暇がなかった。デジタマから、白と紫のふさふさとした、私の知らないデジモンが孵ったのだ。

「おめでとう!」

 ボタモンの声をきっかけに、たくさんの「おめでとう」の声が上がった。おめでとう、おめでとう。この祝福の声のひとつひとつが嬉しくて、たくさんの無邪気な笑顔と手の中の命が愛しくて、私はつい涙をこぼした。

 やっぱりこの子達の未来を守りたい――。そんな気持ちがこみ上げる。そうだ、神でなくとも、人間でもできるはずだ。

「私、リアルワールドから皆の事を守るよ。でも、絶対戻ってくる」

 湧き上がる力。確かな思い。涙をぬぐって決意を口にすると、ボタモン達はにっこりと優しい笑みを浮かべた。

「グローリア。に栄光がありますように」

 その言葉を胸に、私はドドモンとともに、リアルワールドへと降り、再びただの「」として生まれ変わったのだった。


 ――そして、それから十年。神になった歳を越えた私は、ドルモンとともにリアルワールドを駆けている。