確かにそれは私のすぐそばにいた



 は自身の武器を構えた。照準を合わせて、引き金を引く。それだけのことができなかった。さほど距離があるわけでもないのに、相手を捕捉できないのだ。あわてて長距離用のスコープをつけて、彼女はやっと気づいた。

(震えてる?)

 こんなことは初めてだった。はそれまで、確かに戦闘の訓練を積んできて、実戦にも出てきた。それでも、若い彼女には凄まじい戦場の経験はまだ少なすぎたのだ。

 たった一体のディセプティコン相手に、ドリフトでさえ倒れていく。絶望と恐怖がじわじわと彼女のブレインサーキットを蝕んでいき、体全体の感覚を麻痺させていく。

 逃げろ、と誰かが叫んだような気がして我に返ったときにはもう遅く、その前に黒い影が立ちはだかっていた。

「震えているじゃないか」

 オーバーロード。さっきまで自分がスコープ越しに見ていたターゲット、そのひと。彼が目の前に来てもなお、は一切動けなかった。

「そんなんじゃ当たらない」

 オーバーロードはそんなを見て平然と、彼女の腕を掴んだ。その一掴みで、ぐしゃりと装甲がへしゃげ、中を通る駆動系も壊れてしまう。彼女はその痛みに声を上げることすらできずにいた。

(このままだと私は死ぬ)

 そうだ、この恐怖は死に対する恐怖なのだ。

 自覚した途端に、は意識を保つのが精一杯になっていた。どうにかしなければと考えようとすればするほど、死への恐れがつきまとう。今まで直面したことのなかった、自分の死。それはぽっかりと口をあけて、すぐ近くへと迫っている。

「そうだ、こうしよう」

 オーバーロードは今にも気を失いかけているもお構い無しにしゃべり続ける。そして銃口をぴたりと自分の胸部にあてがわせると、彼は笑った。引き金を引けば確実に致命傷を与えられるであろう。しかし、右腕が無残にも鉄屑へと化した彼女にそれができるはずがない。

「ほおら、これで外れない。撃ってごらん。ああ、もうこんな腕では撃てないか」

 全て分かってやっているのだ。そうして相手のスパークをその手のひらの上で転がして、尊厳すら奪い、いたぶる。その先に待ち構えるのは決して生存などではない。

(いや、死にたくない、死にたくない、死にたく)

「『死にたくない』」

 の心の叫びにあわせるかのように突如出てきたその言葉に、ははっとして顔を上げた。初めて目を合わせたオーバーロードのその顔は、至極楽しそうだった。

(そうか、死ぬんだ)

 その瞬間、はそれまで拒んでいた死を自然に受け入れていた。覚悟や諦めというものではなく、それがあたかも当然で、理にかなったことだとでもいうように。

 周りの音が遠のき、時間の流れがひどくゆっくりに感じる中、は穏やかな心持で目を閉じた。

 その時だった。

「退いてろノロマァ!!」

 いきなり飛び込んできた怒声にきいんと耳鳴りがしたかと思えば、は壁へと叩きつけられていた。ホワールが彼女を突き飛ばしたのだが、は何が起こったのかわからず、その場で瞬きをするほかなかった。

、大丈夫か!」

 呆然とする彼女の元へ走りよってきたロディマスは、の痛々しい姿を見ると顔をしかめた。わたし、とが口を開こうとするのを遮り、何やら後悔の言葉をぶつぶつと呟いていたが、彼女にはそれを拾う余裕はない。

「ファーストエイド、は無理か、アンブロン! こっちも頼む!」
「ロディマス」

 名前を呼ばれると、彼は心配そうにの顔を覗き込んだ。

「どうした、痛むか、もう少し待ってろ」

 は何を言うでもなく、小さく首を振ると、ぽつりと問うた。

「わたし、生きてるんですか」

 緩やかに痛覚が戻ってくる中、はその答えを聞かないままに目の前が真っ暗になった。


2013/10/27