「リップタイド、映画見ようよ」

 リップタイドと仲のいい人間の少女、は映画好きである。最初にこれと同じ文句で誘いを受けた時には、人間の文化を知るのにも丁度いいだろうと思ってリップタイドも快諾したのだが、これがとんでもない映画だった。

 事あるごとに上がる悲鳴。それとともに飛び散る何かしらの飛沫、肉片。画面の中で惨い目にあっているのはリップタイドからしたら異星人であるし、それにフィクションだと承知しているが、それでも平然と見ていられるものではない。

 もしかしたらはタイトルの覚え間違いなどで見るものを間違えたのではないか。リップタイドがちらりと横目でを見やると、予想に反して彼女は笑いながらスナック菓子を頬張っているものだから、彼はぎょっとした。これは一体どういうことなのだろう。なぜ笑っていられるのだろう。リップタイドはの方が気になってしまい、それ以降映画の内容がほとんど入ってこなくなった。

「いやあ、いいB級っぷりだったね」

 見終えた後、満足げな表情で彼女がそう言ったのをリップタイドはよく覚えている。彼はこの件をきっかけに、映画には色々な種類があり、それらの中でも彼女が特に好きなのはいわゆる『B級映画』と呼ばれるものであることを知ることとなった。

 B級映画とは一般的に、低予算で小規模な映像作品のことをいい、ジャンルとしてはホラーやSFが多い。中にはその作りや意外性が注目されて有名になるものもあるが、大々的に広告が打たれて多数の映画館で上映されるような大作とは違う。しかし曰く、『そこがいい』、らしい。

 とは言え、リップタイドが初めて見たものはB級映画とのファーストコンタクトとしては刺激が強すぎた。


「今度は、なんて言うの? 血? は、出ないんだよな?」

 スプラッタ描写に怯える彼を大丈夫だよと軽くなだめるへ、リップタイドは「ほんとに?」と念を押し尋ねた。

「うーん多分」

 返ってきた言葉のなんとも頼りないこと。彼女自身も初めて見るため確かなことが言えないのも当然なのだが、リップタイドの表情はみるみるうちに不安で曇っていく。

「………今回はやめとく」
「えーっ! 一緒に見ようよ、リップタイドと一緒に見たい!」

 前回散々な思いをした彼としては、血が出ないという保証がないのなら辞退したいところだが、に悪気はなく、映画の内容がどうこうというより自分の好きなものをリップタイドと共有したいという気持ちなのだろうというのは分かる。

 自身の力では動かせるはずがないのに腕を掴み引っ張ってくるにリップタイドはついに根負けし、再び彼女の横で映画を見ることになったのだった。念のため、顔を隠せるくらいのクッションを抱えて。



「ほら、今回は大丈夫だったでしょ」

「このシリーズはさすがだよねえ」

「毎回これで最後かと思わせて次のネタを出してくるんだもん」

 今しがた見終えた映画がいかに良かったか、同シリーズ前作までとの比較を交えて語り始めた。爛々と輝く目が今回も大満足だったことを物語っている。片や、リップタイドの様子は少々おかしかった。


「え、なに? どうしたの?」

 は夢中になるあまりこれまで何度も名前を呼ばれていることに気がついていなかったようだ。ようやく気づいてもらえたことに安堵しつつも、リップタイドは落ち着きなく口を開いた。

「今日、一緒に寝てもらっていいか?」

 クッションをぐんにゃり変形させるほどに抱きしめて黄色いオプティックと彼女よりも大きな体を震わせながら言う彼の姿を見て、はぱっと口を片手で覆った。

「……そんなに怖かった? あのサメ」

 リップタイドってサメっぽいから大丈夫だと思った! などと謎の理論を展開するの背中を押し、彼は寝室へ急いだ。




夜の海が迫る
2019/08/18