「相変わらずここからの眺めっていいなあ」 クリスマス――ケイタが両手に花状態な夜を過ごしていた一方、は「きれいだなあ」と屋上で湯気立つココアを飲みながら、雪の降る中のんびりと一息ついていた。 『むぎゅう』 「ぎゃっ!」 何かが彼女の目の前に落ちてきた。ごく至近距離、両手でマグカップを持つ彼女の胸元にすっぽり。 ご機嫌な調子のアヴェ・マリア 着込んでいたので落ちてきたものがそのまますっぽ抜けることなく、丁度いい位置に納まっている。どこかで見たことのあるような青くて四角い落下物には首をかしげた。すると、それはもぞもぞと動いて『あいたたた……』と声を漏らしたのだ。あれ。は聞き覚えのある声に耳を疑った。 『……これはこれは様、夜分遅くに失礼いたします』 「あ、いえいえ……」 落下物の正体はサードだった。なんで落ちてきたんだ、という疑問が浮かんだが、こんな時でも腰の低いサードにつられ、思わず丁寧に頭を下げてしまう。サードの頭頂部に鼻がぶつかる。 『……!!』 途端、サードの表情がjくるくると忙しそうに次から次へと変わっていく。「さ、サード?」とが呼びかけるも、声は届いていないようだ。 『私としたことが様のお家に落下してしまった上に、様の胸に飛び込んでしまうだなんて! あぁあなんということでしょう!』 「ちょ、ちょっとサード」 『元はと言えばゼロワンがあんなことをしでかさなければ良かったのです! いえ、それを止められなかった私も結局は同罪ですか……』 「あのう……」 『桐原様にも黙って出てきてしまった! あぁ、それにブーストフォンの皆様はご無事でしょうか……よくよく考えてみればゼロワンに全てのブーストフォンを預けてしまったのですね……ああぁ〜……』 「さーどってばー……」 しばし、サードの思考が停止した。どうやら短時間に考え込みすぎたらしい。そんな彼を唖然としながら見つめていたはふと、若干痺れてきた腕が心配になってきた。 (腕を緩めたらサードが落ちる……サードを受け止めようとするとカップが落ちる……) 彼女の方で葛藤が起こり始めると、サードが我に返り、あわてた様子で『様っ』と声を上げた。 『これは偶然起こったことでして、別に私が様に会いたいなどと夢を抱いたわけではありません!』 ロボットですから! と謎の根拠を挙げて、サードは弁解した。つまりそうだったのか。嘘がつけないサードをかわいらしいなあと思いつつ、はふと静止した。サードは今、何て言った? 「……え?」 『え?』 自分に会いたいと思ってくれた。そのことだけが彼女の頭をぐるぐる回った。つまり、つまりはどういうことだ。緩んだ手からカップが落ちる。がしゃん、という音と一緒に、腕の中から『あ』と間の抜けた声がもれる。 「さ、さーど」 『はい、なんでしょう』 は落ちたカップの代わりにサードをしっかり両手に抱いた。墓穴を掘ったことに気づいていないのか、サードは平然とした様子で彼女を見つめる。 「その願い、叶って嬉しい?」 『え、ええ?! なんでそれを!』 サードははっとして口元を両手で隠した。はサードにかからないようにしてふうと長く息をつく。 「……ありがとね、私なんかを選んでくれて」 何て返せばいいか分からないや、と困ったように笑ってはこつりと額を当てる。 「私、サードには何にもしてあげられないけど、できそうなことがあったら言ってね」 これれが精一杯。額を離すとはサードと向き合う。すると、彼は何やら下を向いている。そのまま『下ろしていただいても宜しいですか』と静かに言うので、は気分を害してしまったかと不安になりながらもサードをコンクリートの地面に下ろしてやった。勿論カップのかけらはよけて。しゃがんだ姿勢から立ち上がろうとするとサードはそのままでいてください、と言った。 『この際ですので言ってしまいます。聞くだけでしたら様もできると思いますので、どうか聞いていてください』 真面目な様子のサードに、は声を出すのも申し訳なく感じて、黙って頷いた。 『……私は、おかしなロボットでございます。ロボットは夢など持たないのに、持ってしまう。それだけではないのです。AIを持った、ただのロボットでありながら様が好きになってしまったのです。いくら心があるとは言え、私はロボット、様は人間。願いが叶うはずがないと理解していながらも、この思いが止むことはないのです』 話し終えるとサードは、恐る恐るの表情をうかがってぎょっとした。彼女は泣いていたのだ。 『あぁぁ、申し訳ございません様! このような話をしてしまって、せっかくの美しい夜なのにご気分を害してしまいましたね』 「違う、違うよさーど」 少し震えた声でそう言いながら、は首を横に振った。 「私も好きなんだよ、サードのこと」 おろおろとしていたサードがぴたりと止まる。は続けた。 「優しいところも、少し臆病なところも、たまに見せるいたずらっぽいところも、サードの全部が好きなんだよ」 だからありがとう。涙を浮かべたまま嬉しそうに笑うと、今度は額ではなく唇を寄せた。 |