『理解不能だ』 間明と一言二言交わしてからそう呟くとゼロワンはその場を後にした。 A, 今彼の思考を占めているのはケイタとセブン、もっと広くとるならバディ同士の関係のことだった。出会って半年もたたない彼らの連携。なぜそこまで互いを信じあえるのか。自分の持つ情報をかき集めてみても答えは導き出されない。 気づけば休息の場へとたどり着いてしまった。門の隙間を潜り抜けて玄関には行かず裏の方へ回る。カーテン越しに光がもれるその大きな窓のガラス戸はわずかに開けてあり、彼でも楽に開けられる網戸だけしめられていた。それがいつものことなのか、ゼロワンは何の躊躇もなく手をかけようとする。ところがそれよりも早く網戸が引かれ、彼は一瞬驚いた。 「おかえりなさい、ゼロワン」 部屋の持ち主、。彼女はそう言って笑みを浮かべると、そっとカーテンをどかしてゼロワンが入りやすいようにスペースを空ける。彼にとっては予期せぬ展開だったがとりあえず部屋の中に入ることにした。 網戸とガラス戸とを閉めてかちんと施錠するの後姿を眺めながら彼女のベッドへとよじ登る。見てみれば枕元に開かれた状態で背を上にした文庫本が無造作に置いてある。カバーがかけてあり、タイトルは読めない。遅くまで起きていると思ったら本を読んでいたのか、とぼんやり思っていると彼の横にが腰を下ろす。 「推理小説だよ」 ゼロワンが本を見ていることに気づいたのだろう、は「犯人が気になっちゃって」と恥ずかしそうに笑うとベッド脇のコンポ台の上に置いてある充電器を手に取った。 「結構長いこと外に出てたからゼロワンも疲れたでしょ?」 『……そうだな』 今回のエネルギーの消費は激しかったと彼は思い返しながらふと先ほどからの疑問も思い出す――人間とバディケータイの関係。 (そう言えば俺とも出会ってまだ日が浅い) しかし二人はバディという間柄ではない。安息の場を与えるもの与えられるもの。ただそれだけのはずなのだ。 『なぜ俺の帰りが分かった?』 台の上で充電器のコネクターを端子につなぎながらゼロワンは彼女に尋ねた。突然の質問に驚いて目を丸くする。だがすぐにいつもの優しい笑みに戻ると「それは、」と口を開く。 「私も理由は分からないけど……『あ、今ゼロワンが帰ってきた』ってふっと感じて見てみたら本当に帰ってきてたの。びっくりしちゃった」 なんでだろうね、と首をかしげると彼女はひとつあくび。 『眠いのか』 「ちょっとだけ。……なんていうんだろう、気配じゃないと思う。うまく言えないけど、ゼロワンだから、って感じかなあ」 分かりづらい表現でごめんね、と付け加えて苦笑するだったが、一番混乱しているのはゼロワンの方だった。 『もう少し論理的に説明しろ』 「えーっと……『以心伝心』って言葉に似てるかな。何も言われなくても簡単なことだったら感じ取れるってこと」 以心伝心。無言のうちに心が通じ合うこと。自分の持つ情報から言葉の定義を拾うとゼロワンはもうひとつ問いを口にした。 『、お前は俺を信じるか』 「うん」 一瞬のためらいもなく即答されて彼は面食らった。 『なぜ出会って間もない俺のことを信頼できる?』 「えっ? うーん……」 『俺がお前のことを利用しているということは考え付かなかったのか』 しかしはきょとんとしていた。 「全く思いつかなかったけど……それに、ゼロワンはそんなことしないでしょ?」 今度はゼロワンが唖然とする番だった。 出会ったときから彼女はゼロワンの身元について何も問うことがなかった。外で何をしているのかも尋ねなかったし、いわゆる「フォンブレイバー」の事に関しても一切触れなかった。つまりはゼロワンについて何も知らないのだ。そんな素性の知れない相手に疑問は感じなかったのか。それが彼には納得行かなかったのだ。 『確信の根拠は何だ?』 「それは、その……」 彼女は肝心なところで言いよどみ、ふいとゼロワンから顔をそらした。 結局、という人間も上辺だけなのか。相手に裏切られ、どこか朦朧とした気持ちを抱えながらゼロワンは彼女に背を向けた。 「ゼロワン、私はね、ゼロワンのことが好きだから信じてるんだよ!」 その声は少し震えていた。ゼロワンが振り返るとが泣きそうな顔をしているのが視界に入り込んできた。 「ごめんね、ゼロワンが求めてる答えじゃないかもしれないけど、私にとってはこれが答えなの」 顔をうつむける彼女を見てゼロワンは先ほどのぼんやりとした感覚が「苦痛」であったことに気づいた。 『人間というものは理解できない。特に、の思考は納得の行かないことが多すぎる。……まだしばらくここに滞在する必要があるようだ』 勿論それをお前が許すのなら、と彼はその右手を差し出す。 「……私はゼロワンに、そばにいてほしい」 はゼロワンをすくい上げるように持ち上げるとゆるく抱きしめた。 |