「あ、レポート……」 とある夜。明日提出のレポートがあったことを思い出たは、面倒と思いつつも重たい体をゆるゆると起こし、机の上のノートパソコンを起動させた。完全にたちあがるのを待つ間、通学鞄の中に書きかけのレポートのデータが入ったUSBメモリを探すが、すぐに見つからない。 「おかしーなあ……」 『こんばんはーっす!』 鞄をひっくりかえし、中身を一つ一つ見ていく。USBメモリが見つからないあせりからか、声をかけられたことに気付いていない。 「ペンケースかな……」 『もしもーし』 「あ、あった」 良かったあ、と安堵する。そこでやっと、自分に向かって『さぁーん……』と若干ふてくされた声がかけられていることに気付いたのだ。 「ねっ、ネクスト?!」 あの特徴的な声を聞き間違えるはずがない、と彼女は驚いて振り返った。 『やあっと気付いてくれたんすね!』 そう言って満面の笑みを浮かべるのは確かにネクストだった。――ただし、フェイスパターンのみ。「いつの間に私のパソコンを……」は思わず呟いた。 『ちょっとヒマだったんでー、さんどうしてるかなぁー、って』 「私はあんまり暇じゃないんだけど……」 明日提出のレポート書かないと、と手元のUSBメモリをちらりと見る。 『……寂しいんすよー』 しゅんとした表情でそう言われてふと、は窓から夜空を見た。地上から見る分にはきれいかもしれない。でも、あの真っ暗な空間に一人でいることになったら、と思うとまた違って見えてくる。 (広い広い宇宙にひとり、かあ……) 自分だったら耐えられるだろうか。 『だから、さんに相手してもらおうかなあーって!』 ぱっと笑顔を浮かべるネクストに、は苦笑を浮かべるとUSBメモリを脇に置いた。 「分かった、少しだけだよ。終わったらすぐ任務に戻ること。いいね」 『分かってますってえ! じゃ早速っすけど、キスしてください』 はそれまで浮かべていた表情のまま硬直した。思わず思考も停止する。キス? あれ、これまでの会話ってどういう流れだったっけ。一つ一つ思い出して行きながら自分の聞こえた単語に間違いないことを確認すると、ようやく口を開いた。 「……は?」 ただし、一言のみ。今の彼女にはそれができうる精一杯の返答だった。 『ね、ね、いいじゃないすか!』 「……あーのねえ……」 さっき一度あったしんみりとした雰囲気はどこへやら。は頭を抱えると長々とため息をついた。 『俺だって毎日頑張ってるんすよ! だからご褒美代わりに! ねねっ、いいじゃないすか〜』 「……」 甘やかしちゃ駄目だ、自分。いくらなんでもこれは行きすぎだ。そう自身に言い聞かせる。 『さんからのキスをもらえたら一人ぼっちの任務も頑張れそうな気がするんすよー……』 ここでまたあの表情。もうは騙されなかったのだが、彼女には一つ気がかりなことがあった。おそらくこのまま放っておいても任務には戻らないだろうということだ。それは非常に困る。下手をすれば彼女が責任を取る羽目になるかもしれない。 (宇宙規模の任務を失敗させたら……) 減俸どころでは済まないだろうと、は想像してざっと顔を青ざめた。リスクを考えると、自分が恥を忍んで要求に応じ、さっさと任務に戻らせるのが良いのではないかという考えにいたった。 「……わ、かった」 『へ?』 「分かったから! はい、静かにして!!」 ネクストはそう言われると嬉しそうに『はいは〜い』と返事をした。は一度立ち上がって大きく深呼吸すると、再びネクストと向き合った。 画面に映るネクストの口元へ、ゆっくり自分のそれを近づけていく。ほんのりとした温かさをが感じていたのはほんの数秒だっただろうか。 「……これで良いでしょ」 恥ずかしげに顔をそらしながらぶっきらぼうに言う。その後「さっさと任務に戻りなさい」と続けようとしたが、それはネクストの喜びの声に遮られた。 『これでさんのファーストキス、もらいっすね!』 満面の笑みで発せられたその言葉に、は自分が謀られたことに気付くと、真っ赤になっていく顔を隠しつつ、ノートパソコンを勢いよく閉じた。 サテライト・コール (、なんだか最近ネクストの奴が妙にご機嫌なんだが、何か知らないか?) (全く存じません。それよりなんか私の超プライベートな情報が流出してるみたいなんだけど) (何っ?! 事件だぞケイタ!) |