その日、ゼロワンが
の元へ訪れると、彼女は何かの準備をしているようだった。邪魔をしないよう、おとなしく待っていようと彼がふと机の上に目をやると、そこには数粒の縞模様をした種があった。 『ひまわりの種?』 ゼロワンが思わず声を上げると、ははた手を止めて振り返った。 「ごめんねゼロワン、来てるの気づかなかった……」 『いや、別に構わん。それで……』 「それはね、この前いとこの家に行ったらもらったの」 『成る程』 のいとこは小学生だ。大方、学校で栽培しているものか、近くに生えているものからとってきたのだろう。 ゼロワンが種を両手で持ち、しげしげと見ていると、はくすりと笑みを漏らした。 「ひまわりの種持ってるとハムスターみたいだね、ゼロワン」 『は、ハムスターだと……!?』 いわゆるげっ歯類でネズミ科キヌゲネズミ亜科で頬袋を持つ……ハムスターに関する定義がゼロワンの思考を占拠した。 一方、はそんなことに気づかず、「うん、かわいいかわいい」とにこにこしている。 『かわいい……?』 彼女の「かわいい」で我に返ったものの、やはりゼロワンとしては「かっこいい」の方がいい。 (確かに褒め言葉だが……!) 複雑な思いにぐるぐるとしていたゼロワンだったが、嬉しそうなの顔を見ると、不思議と「かわいい」でも悪くない気がしてきた。 『それで、これを埋めるのか?』 「そうそう。ひまわりがあれば狭い庭も華やかになると思って」 お母さんもいいって言ってたし、と改めて振り返ったは腰にエプロンをつけ、虫刺され防止のためか薄い生地の長袖とズボンを着ていた。 「さて、準備完了」 * 「えっと、ここらへんで良いかな」 『だいぶ雑草が生えてるようだな』 他に草木が生えている中、ひまわりを植えても平気そうなのはそこだけだ。しかしその場所は意外に雑草が多く、抜くのが大変そうだ。それでもは「よしっ」と気合を入れると、その場にしゃがんだ。 「ゼロワン、近くにいると汚れちゃうよ」 そう言うと彼女はエプロンのポケットをぽんぽん叩いて「ポケット入ってる?」とゼロワンに問うた。しかし彼は少し考え込んだ後、手伝う、と奥の方へ入っていった。 『が手前から、俺が奥から抜いていけば効率がいいだろう』 確かにそれは効率のいい方法だ。しかも、奥の方は周りの草木でが入り込みにくい。ゼロワンはそのことも考慮しているのだろう。 「ありがとう、ゼロワン。でも無理しないでね」 『む、受信した』 まあ彼が、「」と「効率」、どちらを先に考えたのは分からないが。 「ふう、終わったね」 『予測時間よりも早かったな』 「ゼロワンが手伝ってくれたおかげだよ」 するとゼロワンは照れくさいのか、わずかに顔を背けた。はそんな彼についた土をハンカチで優しく掃う。 「後でちゃんとふいてあげるからね」 『む……』 ある程度汚れを掃えたところで、は一度立ち上がり伸びをした。ずっとしゃがみこんでいて疲れたのだろう。 「さてと、あとは種を埋めるだけだね」 きれいになった予定地を満足げに見つつ、はエプロンのポケットからひまわりの種を取り出す。 再びしゃがむと、地面にぷすぷすと適当な間隔で穴を開け、種を入れていく。周りの土を軽くかぶせると、用意していたじょうろで水をやっていった。 『そんなすぐに芽は出ないぞ』 あまりに彼女が期待のこもった目で埋めた場所を見ているもので、ゼロワンは思わずそう言った。は恥ずかしいのか、無言で慌てた様子で立ち上がると空を見上げた。 気付けば、空はきれいなオレンジ色に染まっていた。どうやら、作業を始めてから結構な時間が経っていたらしい。時折吹く風はわずかに涼しい。 「もうそろそろ夏も終わりかあ」 誰に聞かせるでもなく呟くと、はくるりと振り返りゼロワンと目線を合わせ、二人して埋められた種に視線を落とした。 「きれいに咲くと良いね」 『まめに水遣りするんだな』 「大丈夫大丈夫、小学生の時に色々育てたことあるから」 そこでは一息つくと、いたずらっぽい笑みから優しい穏やかな表情を浮かべて口を開いた。 「来年咲いたら一緒に見ようね、ゼロワン」 『……ああ』 小さな約束かもしれない。でもそれは、来年も一緒にいるための大切なつながり。 |