嗚咽交じりの声で、彼は途切れ途切れに言った。 『ゼロワンが、死んだ』 その言葉に対して自分がどう反応したか、覚えていない。ただその後は呆然と、事務的に一日を過ごしていたと思う。 学校から帰って、部屋のドアを開けるその瞬間がいつも好きだった。人のベッドの上でふんぞり返っていたり、机の上に置いてあった本を読んでいたり。彼はいつもそこにいた。ぽかりと空いた空間。いつもと違うその光景に違和感を覚えてしまう。 なのに、周りは変わらず平然とそこにあり続けている。すれ違う人々、雲の流れ、暮れ行く空。ゼロワンがいなくとも、世界は回り続ける。私はそのことに気づかされて呆然とした。 鞄を置き、ベッドに座り込む。いつもならここで彼と話していたのに。 途端に、ゼロワンと過ごした日々の記憶がどっと流れ込んできた。彼と初めて出会った日のこと。一緒に星を見ていた時のこと。風邪をひいたときに、彼がずっとそばにいてくれたこと。 でも、その記憶たちはただの思い出にしかすぎない。その中の彼は何も喋りかけてこないし、私は彼に触れることもできない。依存した所で意味はない。だからって、忘れることもできない。苦痛だ。 彼が訪れることはもうないと分かっているのに開けておいた窓。ゆるやかな風が入りこみ、カーテンがゆれる。 今から目を閉じて、そして開けたその時、目の前にいればいいのに。そう思いながら何気なく、ゆるりと瞼を閉じる。視界が暗くなって、自分の心音が聞こえてくる。どこにいるの、ゼロワン。。その一言だけでも聞きたいよ。 『』 少しぶっきらぼうな、でも優しい低音。ぱっと目を開くと、そこにゼロワンがいた。幻覚か、はたまた夢を見ているのか。いや、それが偶像であろうと構わない。自分が望んでいた存在が、今そこにあるのだ。 「ぜろ、わん」 触れようと手を伸ばす。あと少し、あと少し―― 『、俺はここにいる』 伸ばした手、人差し指を握られる感触。その途端、私は夢見心地の気分からはっと我に返った。幻影なんかじゃない。彼は本当にそこにいるのだ。 視界がにじんでいく。私は慌てて涙をぬぐったけど、止まらなかった。 『お前はまた泣いているのか』 どこか呆れたような声に、もうこれで最後だからと言い訳をして、泣き顔を見せないよう私はゼロワンを抱きしめる。 彼がいるのだから、これからはもう涙は必要ない。でも今は、これまでこらえてきた分の涙を流させてほしい。 『俺のために泣いてくれるのか?』 「他の理由があるわけないよ」 すまないな、と小さく聞こえた謝罪の言葉。「謝るくらいなら、もういなくならないで」。すがるようにそう言うと、ゼロワンは驚いたように私をじっと見つめた。 『俺はまた、ここにいてもいいのか』 「ゼロワンが望む限り。そしてそれは、私の願い」 どうかまた、朝を迎えさせてほしい。私の中ではもうずっと夜。時間が止まったままなのだ。 『。お前の心を、受信した』 久々に聞く、その短い言葉はひどく心地よい。ああ、やっぱり好きなんだ。私は言葉の代わりに、またゼロワンを抱きしめる。さっきよりも強く、ありったけの思いを込めて。 私の世界は、再び回り始める。 |