(なんかいつもと違うにおいがする)

 は寝ぼけた頭でぼんやりそう思った。そのまま上半身を起こしてぼうっとしていると横から声をかけられた。

『お目覚めですか、様』

 その方向へ顔を向けるとそこには歩く青いケータイ――サードが枕元に立って彼女の顔を覗き込んでいる。

『ご気分は優れますか?』

 相変わらず丁寧だなあ、とのんびり思いつつ、「ちょっと頭痛い……」と答えただったが、だんだんと思考がはっきりしてくると顔を青ざめさせた。

「サードっ、ここどこ?!」

 彼女がいきなり大きな声を出したのでサードはよろめきながらこう返した。

『バディの家です』



無意識な形勢逆転



 まだ安静にしていてください、とその腕にしがみつきあわてて彼女を制止するサードをよそに、はベッドから抜け出した。ぐるりと見渡してみて、このシンプルにまとめられた部屋が桐原さんらしい、と妙に納得する中で彼女はひとつのドアを見つけた。

『そっちは……』

 サードが口ごもる。おそらくリビングにでもつながっているんだろう。そう考えてドアノブに手をかけたであったが、彼女が手前に引くよりわずかに強く速く向こうから押される感覚がして弾かれるように手を離した。

「体調はもう良いのか」

 その正体はサードのバディ、桐原だった。落ちそうになっているサードを抱えるとは桐原の表情を伺いながら、おずおずと尋ねた。

「何が、起こったんですっけ」

 やや貼られた位置がずれている冷却シートが余計にずれた。

*

 桐原とサードが言うに、は任務終了直後に倒れたらしい。そのときの任務は車での追跡調査であったため速やかに対処できたと言うことだ。

「あの、それは分かったんですけど……何で桐原さんの家にいるんですか私」

 アンカーの仮眠室に放置してくれても良かったんですよ、と迷惑をかけたことに対し申し訳なく思っているのか、恐る恐る言う。「それはだな」と言いかける桐原をサードが遮る。

『申し訳ありません、それは私の判断なのです』
「え? サードの?」
『はい。様の状態は深刻でしたので私が現場から一番近いバディの家に運ぶことを提案したのです』

 深刻って。その時の詳しい体調は分からないが、倒れて意識を失うくらいなのだから確かにひどかったのだろう。

「運んだ後は解熱剤を飲ませて、寝かせただけだ」
『幸い、インフルエンザなどではなかったので』

 ただ熱を出しただけですんで良かったと安心する一方、は申し訳なく感じて身を縮めた。

「ちなみにその冷却シートはサードが貼ったものだ」
『ああっ、桐原様! それは言わない約束ですよう!』

 どうりでずれていたわけだ。自分の体ほどあるシートを貼るのは大変だっただろうに、サードは頑張ったようだ。その姿を想像してはくすりと笑みを浮かべる。

「ありがとね、サード」

 礼を言われてサードは『えっ、あの、ええと……』と口ごもり恥ずかしそうにコップの陰に隠れる。そんなサードの様子を見つつ、彼女はある疑問が浮かんで再び問うた。

「ところで私の家にはどうやって連絡したんですか?」

 女子高生が一晩親に連絡せず家を出ていたとなるとそれこそまずいだろう。男性の家に泊まったとなると尚更だ。だが、先ほど見た限りでは親からの連絡は入っていないようだった。一体どんな方法を使ったのか、と

『それでしたら、支倉様の音声を使用して、様のお母様に連絡させていただきました』
に言うと事態が悪化しそうだからな、何も言ってないぞ」
「お手数おかけします……」

 はもう二人に頭が上がらなかった。

「本当、すみません……」
「まったく、アンダーアンカーの一員たるもの、体調の自己管理も徹底しろ」
『き、桐原様〜』

 アンダーアンカーに休みはないし、犯罪も待ってくれない。ネットなどという情報の流れが速い世界では特にそうだ。は「仰るとおりです……」と返す他なくうなだれた。

『まあまあ桐原様、様も病み上がりですからここらへんで……』

 向かい合う二人の間にサードが入り込み、桐原をなだめる。桐原は「まあ一応反省はしているようだしな」と満足げに息をついた。そんな自分のバディを見てサードはほっと安堵すると、『そうだ』と思い出したように口を開いた。

様の体調を考慮したお食事のレシピを検索しておきました。その中から桐原様の所持する食材でできるものを絞り込みましたので、よろしければお選びください』
「え、私に?」
『はい』

 サードはにこりと笑って、検索しておいたという食事の写真を次々表示した。厳選したとは言えその量は多く、どれもおいしそうなものばかりで目移りしてしまう。

「……ところでサード」
『はい、何でしょうバディ』
「作るのは誰だ」
『それは勿論バディでございます』

 至極にこやかに言うサード。を気遣うあまり、バディに負担がかかることをサードはさっぱり気付いていなかった。悪気はない。だからこそ叱ることもできず、桐原は言葉につまった。  


2009/01/16