彼は、過保護すぎるのかもしれない。包丁で指を少し切れば、転んで膝をすりむけば――どんなに小さな傷ひとつでも、彼はすぐに「修正しようか」と言う。その度に私は首を横に振っている。 「ー……」 「がんばれ修正、あともうちょっとだよ!」 背後から、ぐったりとした修正の声が聞こえてくる。振り返って見てみると、思ったよりも疲れているみたいだった。今はひとの体とは言え、ヒーローとしての彼は衛生兵みたいなもんだったと記憶してるし、実はあまり体力がないのかもしれない。 「飛んでった方が、早いって」 私たちは今、山登りをしている。山と言っても大した山じゃないし、ハイキングの方がしっくりくる。 ぜえぜえと息を切らせてそんな提案をしてくる修正に、私は「そんなんじゃだめだよ」と返した。飛んでいったら意味がない。時間をかけて行かなくちゃ、駄目なんだ。 「頑張ろうよ修正、あともう少しだから」 「なんでそんな、平然としてるんだよ」 「疲れてないわけじゃないけど……普通だと思うよ」 「んな馬鹿な」 そんな時に私たちの横を、にこやかに談笑しながら歩く年配の夫婦が通り過ぎて、修正はがっくしと肩を落とした。ごめんね、私だって落ち込ませるためにこんなことしてるんじゃないんだ。 「もうちょっとだし頑張ろう」 ね、と言うと、修正は無理やり笑って頷いた。時間はかけたいけど、早くしないと日が暮れる。それが何よりも、意味のないことなのだ。 そこから小休止を何個か入れながら数十分。右手に「頂上まであと十メートル」と知らせる看板が見えた。 「ほら修正、頂上まであとちょっとだよ!」 「や、やっとか」 ふらふらになってる彼の歩く速度にあわせて、一歩、一歩。視界がどんどん開けてきて、私は思わず息を呑んだ。 「――夕日、きれい」 これが見たかった。ビルみたいな人工物が入り込まない、ひたすら純粋な夕日。しかも今日は運が良く、私たちのほかに誰もいない。 「ここまでお疲れ様、修正。でもさ、こうやって苦労すると、きれいな景色もまた格別だよね」 「そう、だな。……でも、たまに程度にしてほしいなあ」 あー疲れた、と言ってその場に座り込む修正の横に、私も膝を抱えて座った。 二人で並んで夕日を見ている間、時間はひどくゆっくりと流れているように感じた。ちょっと油断すれば今すぐにでもまどろんでしまいそうな空気。修正の隣にいる時はいつもそう。 うとうとしかけていると、修正は突然口を開いた。 「あの、さ。は、も、もしかして俺がヒーローなのは、嫌、なのか?」 歯切れが悪そうに聞いてくる修正に、私は頭をぶんぶん振った。 「良かった、は俺が飛んだり修正しようとしたりすると、いつもやめてくれって言うからさ」 「……でも、任務が危険なときもあるから、そういう所は不安だけど」 ぽつりと付け加えてみれば、修正が私の手を握ってきた。大丈夫だって、と苦笑する彼の手はあったかくて、落ち着く。 不安にさせてごめんね、修正。違うんだよ。ヒーローをしているあなたは勿論好き。かっこいいし、宇宙を守ってるなんて、誇りに思わないはずが、嫌になるはずがない。 でもね、私のためだけにその力を使ってほしくないんだ。嬉しくないわけじゃない。大切に思ってくれるのは分かってるし、嬉しい。でもね、ヒーローの力は皆のために使ってほしいんだ。特別扱いは、いらないんだよ。 私がひとり占めするのは修正の時間だけ。今日だって、飛んでったら修正と一緒にいる時間が短くなっちゃうから歩いたんだよ。 ただそばにいてくれれば私はそれで幸せなのに、分かってくれないのかな。分かってくれればいいのにな。 だから、特別あつかいやめてくれるまで、好きって言ってあげない。そんなことを思いながら、私は「好きだよ」と言う代わりに修正の手をぎゅっと握り返した。 時間稼ぎの口実に (本当はいますぐにでも言いたいけれど) |
相変わらずぐだぐだだらだらとした文章ですいません。意気込んで書いて、気付けば修正が情けないしでもー本当申し訳ないです…… とにかくとにかく! お待たせしてしまいましたが、六周年企画でリクしてくださってありがとうございましたー! S沢さまが気に入られれば幸いですっ。 2010/08/06 |