やみはきえて 日はちかし わが主来まさん 目をさませ くらきの子は なおねむるとも ひかりの子は 目をさませ つれてこられたのは鉱石でできたような美しい空間。見る角度によって色はきらきら変わる。オーロラのようだ。そして中心には台座。丁度、教会にあった洗礼台のようだ。 「最初に聞いておこう。名前は?」 強く優しい目。オメガモンが跪くような形で聞いてくる。それでも私は彼を見上げる形になってしまうのだが。 「、です」 「良い名だ」 オメガモンはすっと目を細めて、右手をぽんと私の頭に乗せた。先生の手みたいにやわらかい手じゃなかったけれども、それでもあたたかかった。 「、その台座に触れてみてくれないか」 少し不安になってオメガモンを見上げる。「大丈夫だ」と小さく声が聞こえた。 震える手をゆっくりと台に持っていく。その途端、きいんと耳鳴りがした。頭がぐらぐらしてくる。がんがんと頭を打ち付けているような感覚。「ちょっとまって」と言ったつもりだけれども音にかき消されて彼らに届いていたかは分からない。うまく発音できたかも分からない。体が熱くて張り裂けそうだ。視界に原色の粒子が混ざる。 夜があたりを支配した。 私は何もないところを漂っていた。 天と地があった。光と闇があった。大空ができた。地と海があった。草が芽生えた。天の大空に昼と夜とを分けるものができた。日のしるしができた。地を照らすものができた。大きなほうは昼を治め、小さなほうは夜を治めた。 いきものが水の中に群がった。空飛ぶものが地の上を飛んだ。地に這うものが創造された。彼らは祝福された。 最後に土の塵でアダムが形作られた。その鼻に息が吹き込まれ、人が命を宿して――私が、できた? 瞬間、全ての景色が私の中に流れ込んできた。いや、それだけじゃなくて、全てが、宇宙の何もかもが飛び込んできた。頭が痛い。ぐちゃぐちゃと視界がゆがむ。まただ、また体が。でもほら、朝は目覚めた。 ぶつり、と目の前のものが途切れてしまうと今度は白い空間が目の前にあった。どうやらさっきまでのは夢だったみたいだ。横を見るとマグナモンがいた。 「え……っと、おはよう」 マグナモンは無言で頭を下げた後空間にウィンドウを作り出した。パソコンで何かソフトを立ち上げるのと丁度同じ感じ。それに向かって「目を覚ました」とかなんとか言ってるように聞こえる。 baptisma また囲まれた。前のときと違うのは、私が全てを分かっている、ということか。具体的に説明できるわけじゃないけどわかる。これが『真理』の影響なんだろう。 「調子は?」 「うん、悪くない」 ひょいと顔をのぞいてきたのはデュナスモンだ。ゆるく笑って見せると「それは良かった」と安心して一歩下がる。 ふと、不機嫌そうなデュークモンと目が合う。 「……それで、自分の為すべきことは分かったか」 そういえば、先ほどまで私に対して否定的なのは彼だった。 マグナモンに聞いたところ、『真理』を見ることができるのが神の証で、実際見たということは、私が神の器であると証明されたわけだ。 それでもデュークモンは納得がいかないのだろう。和解できるかどうかは今後次第。そんなことを思いつつ、私は彼に向かってゆるりと頷いて見せた。 「このデジタルワールドを管理し、リアルワールドとのバランスを保つ……それが私の使命、なんだよね?」 「そう、それがイグドラシルたるものの役目。あなたはこの世界の神となり、絶対的な正義を示すのです」 先ほどまで知らなかった彼、スレイプモンが優しく言う。名前は言っていなかったが、不思議と今は全員の名が分かる。『真理』の都合の良さにはちょっと複雑な気分だ。 それはともかく、だ。彼の言うとおりならば私は正義の基準となる。これが不安なのだ。私などが正義を名乗ってもいいものなのか。しかし、もう後には退けない。 「台座に触れたその瞬間から神の荷を負うことになる」 それを理解した上で自分で決めてくれ、とオメガモンに言われたけど私はもう決めていた。 「それが私の使命なら私は従うよ」 皆は驚いてるようだったけど、すっと台座までの道をあけて片ひざを立てひざまずいた。私はそこをまっすぐ進む。かつ、と靴が地をはじく音が響く。 ゆっくりと深呼吸した後台座の中心に、今度は震えない右手を差し出すと、そこからさっと水が流れ出し、あたりは光に満ちる。ぴちゃん、と一滴の水が私の頭に落ちた。光が頭に下り、私を浄化していく。体の中が光で満たされたような、そして日の光に抱かれているような温かさ。その優しさはどこか懐かしくて、泣きたくなるような感覚だ。 光がおさまると服が変わっていたのが分かった。左肩にのみかかる白い外套だけがどこか異質な服装。身を翻すとマントもふわりと舞う。これに慣れるには少し時間が要るだろう。ぐるりと皆を見回せばじっと私のことを見ている。そうか、私はもう神になったんだっけ。何かを言わなくちゃと焦って考えるより先に、口が勝手に開いた。 「『あなたがたは以前は暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。――光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。』」 驚いた。なぜ聖書のような文が読んでもいないのにするする出てくるのだろうか。確かに私の育った教会の礼拝でよく用いられる箇所はある。それなら多少はそらで言えるものも一部ある。でもそれは本当に一節程度。なのに、先ほど私の口から出た言葉は記憶には全くない。ぐるぐる考えても何も出ないし、これが『真理』の影響だ言うことで片付けることにした。 だがそのあとはどうすればいいのか。痛い沈黙が流れる。こうなったらむちゃくちゃだけど、礼拝のように進めるしかない。 「……皆の、そして全てのひとの上に祝福がありますように」 そして、神様が使命を与えてくれたことに感謝をささげる。突拍子もない使命だけれど、私はしっかりと背負えるのだろうか、そのことも見守っていてくださいと祈りを心の中で唱えて顔を上げた。 「我々はあなたに忠誠を誓おう」 凛としたその声は、静かに空間内に響いた。それに対する正しい返答が分からず、私は思ったままに口を開いた。 「私が神にふさわしいかどうかはまだわからない。でも、与えられたからにはさいごまで全うする」 そう言葉を口にすることで決意ががっしりと固まっていく気がした。皆は静かに私の話を聞いてくれている。 「……私がちゃんと『神』を名乗れるようになるまでは、皆とは仕える者・従える者の関係じゃなくて、一緒に歩んでいきたいと思う」 すると、皆が驚いて目を見開き、互いに顔を見合わせた。それが皆一様のもので、なんだか微笑ましい。 私は礼拝『もどき』の堅苦しい空気を脱ぎ捨てて話を続けた。 「真理を得たとは言え、今まで神様になんてなったこともないし、私のことは『イグドラシル』じゃなくて、『』として認識してほしいの」 「し、しかし、それはいささか問題がある気が……」 「でもイグドラシルが言うなら……」 「私達はそれに従う他ない」 戸惑った様子のクレニアムモンに、のんびりと返すアルフォースブイドラモン、ロードナイトモン。 「あとその、『イグドラシル』っていうのもなるべくならなしで……『』でいいから」 「名前でなど……!」 「だがイグドラシル、いや、が言うのだから……」 「従わねばな」 今度はマグナモンが慌てた。早速名前で呼んでくれたのはデュナスモン。それに賛同してくれるのはスレイプモン。 短い時間で皆とは少し打ち解けた、様な気がする。でも、メンバーを静かに見守っているオメガモンの横で、デュークモンが更に不機嫌そうな顔になっていたのが気になる。どうやら、彼と仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。 |