「聖書は旧約聖書、創世記第一章一節から五節まで。――『初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。』――聖書を終わります」





『先生、私は何のために生まれてきたのですか?』

 これは昔私が先生に聞いたことだけど、思い返せばとんでもない質問だ。勿論先生は困ってて、答えはあいまいなものだった。

 人はそれぞれ使命を持って生まれてくるのだと思う。その使命に気づくのが早いか遅いかはまたそれぞれで。

 私があの質問をしたのはどうしてかというのはまた分からない。あれ、なんで今このことを思い出したんだろうか。空間に漂う身体。ここはどこなのか。そして誰かの声。誰かと考える暇は無く再び意識を失った。



 Advent


 “目が覚めるとそこは知らない所でした”なんて、本当ナンセンスだと思う。でも、実際その状況なのだから、他になんといえば良いのか分からない。

 私は電車、と言うよりはまあ鉄道のような内装。窓越しに移り変わる景色は見覚えがなく。かたんかたんという心地よいゆれとふかふかの座席。通りで寝心地が良いわけだ。

 とりあえずは立ち上がって、崩れたスカートのプリーツを直した。……そうか、今の服は制服なのか。鞄もある。思い返してもみれば、記憶が途切れたのは学校の帰りだったっけ。何が起こったかは覚えてないけれど。

 荷物の中身をチェックしたけれど、役に立ちそうなものなんて微妙に残っているペットボトルだけ。あとはノートだのタオルだのしかない。数学の教科書だなんて、絶対役に立たない。あ、辞書はもしかしたら役に立つかも。

『終点〜ユグドラシル〜』

 アナウンスが入った。横文字の地名、けど言葉は日本語。……不安になってきた。でも終点と言われたのだから降りるしかない、でもなあどうしよう。って思ったそのとき。

 ――ぺいっ びたん

 ……むかついた。この電車、なんと私を吐き出したのだ。地面に衝突した私がぶつけたところをさすっていると今度は鞄を吐き出して、それは顔に当たった。そんなに入ってるわけじゃないけど、さすがに痛かった。

「っくしょっ」

 それにここは寒い。よいしょと立ち上がってみて色々と驚いた。今私の立っている場所は切り立ったがけのようなところなのだ。しかも景色は雪で白一色。どうりで寒い。薄着だから小さく縮こまって保温。背のほうは大きな洞窟のようなものがあるし、これじゃ身動きができない。私は考えをまとめるべく地面に図を書こうとしゃがもうとした。

 そのときだ。何かがこっちに近づいてくる気配がしたのは。妙に心がざわついて、肌もびりびりとする。影がさしたかと思うと、私の身長よりは余裕で大きい……ロボット、のようなもの、が目の前に立っていた。しかも二体。一方は白銀でもう一方は金ぴか。

 私の頭には「どうしよう」という言葉しか浮かんでこなくって、感覚が麻痺しているかと思うくらいに足は動かない。

「……参った……まさか……」
「俺は先に戻ってこのことを伝える」

 白銀さんは慌てた様子で洞穴に戻っていく。……私はこれまでロボットはしゃべらないと決め付けていた。……もしかしたらロボットじゃないのかもしれない。そうだ、金ぴかの方は爬虫類っぽい部分がある。じゃあなんだこの生物は。頭をフルに回転させても該当するものが見つからない。いや、同じ分類にして良いものがひとつあった。まあそれは後に回すとして。

 白銀の方がさっさかいってしまうと、金ぴかの方はため息をついて私に向き直った。

「……」
「……」

 しかめっ面をしたままの金ぴかさん。私から話しかけたほうが良いのか……と思っているうちに、口が先に動いた。

「あの」

 私の声に、金ぴかさんはびくりとして顔を上げた。私もそれにびっくりした。

「……なんだ?」
「これからあなたはどうするんですか?」

 彼は再び顔をしかめるとうなり始めた。そして、言いにくそうに私を見やった。

「その、だ。お前を……イグドラシルの元に連れて行きたいのだが……」

 何それ、と思うのが顔に出ていたのだろうか。金ぴかさんは空を仰ぐと口を開いた。

「この世界を統治する神――それがイグドラシル」
「私なんかに何の用が……」

 口ごもる金ぴかさん。きっと面倒な理由なんだろう。

「行ったら全てが分かるんですか?」
「そう、だな」
「じゃあ行きます」

 金ぴかさんはびっくりしたようで一瞬言葉がなかった。我に返ると「なら行こう」と身を翻す。進む先は洞窟。

*

 暗い洞窟の先にはまばゆい空間。やっと闇になれてきたころだったからつらくて目を細める。

「つれてきた」
「すまない、マグナモン」

 金ぴかさん以外の声にはっとするとだんだん周りがはっきりしてきた。

 ひたすらに真っ白な空間だ。いや、「無」なのだ。そこに十ほどの金ぴかさんみたいなのがいた。とうの金ぴかさんは馬のようなロボット……には見えないし、うーん、なんていうのか分からないけど……まあそのひとに話しかけた。

「いや、大丈夫だ。準備の方は?」
「整った。……本人はどうだ」
「特に怖がるというようなこともない」
「自覚があるのか?」
「いや、違うようだ」

 何やら私のことを話しているらしい。とにかく私は「イグドラシル」とやらを探さねばならない。ここがどこで何がどうなっているのか。今更不安が押し寄せてきた。

「大丈夫か?」
「ぁあ、はい、うん、大丈夫です」

 頭の上から聞こえてきた声に顔をぐいと上げた。

「あ、さっきの」

 最初にきんぴかさんといた白銀さんだ。恐る恐るたずねようと口を開きかけたところでまた新しいひとが来た。

「遅かったな、デュークモン」

 白と赤。甲冑っていうのかな、騎士みたい。でも人ではないだろう、この大きさは。

「もう始まっているのか?」
「いや、まだだが……」
「この娘が例の、というわけか」

 なんかだいぶ話がスルーされている。思わず「あのぅ……」と口から声が漏れる。

「なんだ?」
「えーっと、質問したいことがいくつかあるんです」
「良いだろう、このデュークモンが答えよう」

 なんか圧迫感と言うかなんと言うか……このひと、すごく話しにくい。白銀さんは私と目が合うとばつが悪そうな顔をした。とはいえ仕方ない。

「ここはどこですか?」

 そういうとそのひとの目は見開かれた。

「……なんだと。マグナモン、デュナスモン! 一体どういうことだ!」
「〜〜っ、耳元で大声出さないでくれデュークモン」
「それどころではない! 一体どういうことかと聞いているんだ!」

 白銀さん、つまりデュナスモンと呼ばれた人や周りがおろおろし始めた。

「どうしたデュークモン」
「オメガモン、どうもこうもないだろう! 」

 オメガモンと呼ばれた人を見上げた。このひとだ。でもそういうことを言える雰囲気じゃなくて口を噤んだ。

 ぎっとデュークモンに睨まれて思わず後退りした。そして少し体が宙に浮く。あ、転ぶ。

「大丈夫か?」

 金ぴかさん、マグナモンって言われてたひとが倒れそうになった私を支えてくれた。

「ご、ごめんなさい……」
「デュークモン、落ち着け」
「イグドラシルたるものがデジタルワールドを知らないと? おかしいではないか!」

 デジタルワールド。やはりここは地球ではないのか。オメガモンはそれがどうしたと余裕の態度だ。……それにしても、だ。イグドラシルとは誰なのか。話から察するに私のようだが、聞き間違えか。

「ならば実際にやってみれば良いではないか」
「……そうだな」

 こっちだ、とデュークモンが歩き出したのについていく。その後にほかのひともついてきた。何が始まるのだろうか。