あ、と互いに小さく声がもれる。そのまましばらく二人は固まって、しばしの間見つめあってしまった。ハックモンからぷいと目をそらされてしまうと、は少し屈んでソファの上のハックモンと目線の高さを合わせた。

「……ひとりなんて珍しいね」

 レイくんは? というからの問いに、ハックモンは目を合わせずぼそぼそと、コンビニ、とだけ返す。おおかたいつものものを買いに行ったのだろうというのは分かっていたので、彼女はそれ以上聞かなかった。

 は桂レイの親戚であり、彼を幼い頃から知る人物だ。大学入学と同時にレイとハジメの近所へと越してきて、諸々のわけがありこのアジトにも出入りしている。

 とはいえハックモンにとって彼女はまだまだ慣れない存在だった。なんとなくぎこちなく見える二人の間柄はこれでもだいぶましになったもので、初対面はハックモンが警戒心の強い猫のごとく影に身を潜めていて、その日のうちにが彼の姿を見ることは叶わなかったくらいだ。

 そんな二人が初めてレイ抜きで二人きり。なんとなく気まずい静けさが間に流れようとした時、「そうだ」と先に口を開いたのはだった。

「ハックモン、これあげる」
「何それ」

 彼女が鞄からごそごそと取り出したのは手のひら大のビニールパッケージ。ハックモンはようやくの方へ顔を向けると、すんすんとそのにおいを嗅ぐような(なにぶんフードに覆われているので、鼻があるのかどんな形状なのかには分からないが)仕草をする。

「お菓子なんだけど、好きかなって」

 レイくんには内緒ね、と立てた人差し指を口元にやりながら笑うに頷いてみせ、ハックモンはもらったお菓子を両手で持つとじっと見つめた。確か、ガッチモンが食べていたやつだ。そう思い出しながら封を開けようとすると、ドアの開く音がした。レイが帰ってきたのだ。ハックモンは慌てて自身のマントの中へ隠すと、何事もなかったかのようにソファへ座り直した。

「おかえりなさい」
さん、来てたんですか」
「うん、さっき。はいこれ」

 屈めていた体を起こて伸びをしたから差し出された紙袋をレイが受け取ると、コインランドリーとは違う洗剤の香りが広がった。中身は、洗濯が済んできちんと畳まれた自身の服だ。

 散らかるこの部屋を見かねてが勝手にやり始めたことで、そのことに気づいた時はレイも動揺を隠せずにいたが、一人暮らしだと一人分洗濯機回すのももったいないし、と普段のふわふわとした調子でが言うおきまりの返しに負け、今ではすっかり任せてしまっている。ハックモンのマントも洗おうか、という提案はさすがに断ったが。

「今日はそれ渡しに来ただけだから失礼するね」
「いつも、ありがとうございます」
「いいのいいの。じゃあまたねレイくん。ハックモンも、またね」

 ここへ出入りするとはいえ、は長居をしない。何が起こっているのか、レイたちが今何をしているのか知っていたし、ハジメを知っている身としては当然心配だった。だが直接的な手伝いはできない以上、ああやって洗濯物を引き受けることで自分のできることをしていた。余計なことはしないように、邪魔をしないように。


 が去ってしまった部屋は、パソコンのモーター音が大きく感じられるほどあっという間に静まり返ってしまう。

さんと話してたのか?」
「まあ、少しな」

 コンビニの袋ごと冷蔵庫の中へ押しやりながら、「珍しいな」と穏やかな声で返す。日常を奪われ、常に気を張り詰めているレイにとって、馴染みであるは彼女自身の性格もあり、数少ない心休まる存在なのだろうというのは、これまでの二人のやり取りを見ていてハックモンも勘付いていた。

「ほら、ハックモンもいるだろ」

 自分の分を片手に、もう片手でゼリー飲料をぽんとハックモンへと投げると、レイはすぐさま彼に背を向けパソコンと向かい合い始める。こうなるとしばらく振り返ることはないだろう。

 キーボードをかちゃかちゃと叩く音を確認すると、ハックモンはレイから受け取った、ひんやりとするそれをそっとわきに置いてから、しまい込んだお菓子を大事に取り出し、しばらくの間それを眺めていた。ぽ、とフードに緑の炎が灯ったことに、自分でも気づかないままで。



デルタ
2017/07/23