「さんってかぐや姫みたいですね」 ぼんやりとした顔で頬杖をつくトーマがぽつりともらしたセリフに、は不審なものでも見るかのような目でじとりと彼を見つめた。 発言者が他の者であればただ笑って一蹴するところだが、相手はあのトーマだ。少なくともは今までに彼がふざけているところを見たことがなかったし、もしや熱にでも浮かされているのではないかと心配にさえなってくる。 「何をどうすればそんな考えに行きつくの」 これだから天才の考えることは、とが動揺をごまかすよう、冗談まじりに肩をすくめると、トーマはそこではっと我にかえったようで、あわてて付け加える。 「かぐや姫が月に帰ったように、さんだってデジタルワールドに帰るじゃないですか」 かぐや姫。古典文学でいう『竹取物語』において、罪を犯したがゆえ罰として月から地球へ下ろされたかぐや姫は、その美しさから幾人もの男より求婚されるが、難題をこなすことをその条件とすることで、結婚から逃れていた。その内天からの迎えがやって来て、かぐや姫は月へと帰る――という内容は、昔話としても知られているとおりである。 トーマはどうも、月とデジタルワールドを置き換えて件の発言をしたらしいが、としては首をかしげるほかなかった。 「いやあ、そこだけでしょ……」 それに、勿論彼自身はそこまで意図していないことだろうが、がリアルワールドへと来たのは別に罪を犯したわけでもなんでもない。彼女は声を大にしてそう主張したい気持ちをぐっと堪え、歯痒さと戦いながら曖昧な表情を浮かべた。 しかし簡単には食い下がれないのか、トーマは更に続ける。 「お、男も集まってるでしょう」 はぎょっとした。そんな見方もありなのだろうか。なおも持論を唱えるトーマの斬新すぎる指摘に、さすがの彼女もたじろぐ。いや、実ははたから見れば案外その程度なのかもしれない。自分の威厳がないせいで申し訳ない、とは心の中でロイヤルナイツの面々に謝った。 「もし、もし万が一勘違いしてたらすっごく、困るんだけど、ロイヤルナイツは別に婿候補じゃないからね……さすがに苦しくない?」 デジモンに性別がないのはさておき。かろうじて当てはまるのはひとつくらいで、こじつけもいいところだ。やはりあのトーマにしてはぼんやりとした、珍しい発言としか思えなかった。 次々に予想外のことを言われてうろたえっぱなしのだったが、あたふたし続けるトーマの様子をじっと眺めていたら、頭がすっと冷静さや余裕を取り戻していくのを感じた。 小さな笑いとともにふっと一息つき、ゆるゆると立ち上がる彼女を、トーマは思わず目で追った。 「そんなこと言うなら、」 そう口を開くと、は自身の顔をずいとトーマの顔に寄せる。 「トーマは私の無理難題にこたえてくれる?」 にんまり。は笑う。冗談か、はたまた本気か。 前々からトーマにはこういう時どちらなのかが判断できなかった。今にいたっては、彼女との距離が近すぎて正常に頭がまわらない。 頭の代わりに目をまわしそうになっているトーマを見て、いつものへらりとした笑みを浮かべると、「なーんてね」とは身を離した。 「やだトーマ、真面目に考えすぎないでよ」 うつむいてしまったトーマの肩をとん、と叩き、コーヒーでも淹れようとが席を離れようとして机についたその手を、トーマが掴んだ。 どきり、と心臓が跳ね上がる。怒らせてしまっただろうかと、はこわごわ彼の表情を伺おうとした。 「……さんのためなら、なんだって、やってみせますよ」 顔を上げたトーマの、先ほどとうってかわって落ち着いた、まっすぐな眼差しと静かな低い声。それらに真正面からかち合ってしまったは、面食らって目を丸くするやいなや、みるみる内にその頬を紅く染めたのだった。 いまはとて 2016/03/25 |