デジタルワールドでは、元々の居住者であるデジモンたちと、リアルワールドから選ばれた、デジモンとパートナーシップを結ぶ人間、いわゆるテイマーの手により平和が保たれていた。はそんな中最近になって来た新米テイマーだった。 広大なデジタルワールドにはいくつものエリアがあり、基本的にテイマーたちはそれぞれに割り当てられたエリアの治安維持に従事している。 彼女が受け持つ「緑の園」と呼ばれるこのエリアはその名の通り緑にあふれる巨大な庭園のような場所だ。エリアによっては争いが多発し荒れているが、そういった危険な所はベテランのテイマーが仕切っているので、応援要請でもない限り彼女の様な新米が行くことはない。好戦的な者からすれば「ハズレ」だが、草花と土の香りに満ち、葉擦れの音がさざ波のように鳴り渡るこの場所が、は気に入っていた。 緑の園では何をするかというと勿論、草花の手入れである。深澄にはガーデニングの経験があるわけではなく、小学生のときに朝顔やひまわりを育てて以来、植物をまともに扱ったことはない。それでも彼女は周りに聞きながらせっせと任務に励んでいた。 中でも力を入れているのはばらで、は今日も薔薇色(しょうびいろ)と呼ぶにふさわしいばらが咲き誇る一角にいた。 「今日も綺麗に咲いてるねえ、」 その足元の茂みからがさごそと顔を出したのは、のパートナーであるジャガモンだ。ジャガモンは枯葉の入ったかごを器用に頭に乗せたまま、よいしょと出てくると彼女の横に並ぶ。 「うん、剪定がうまく行ったのかな」 「図書館で勉強したかいがあったねえ」 「大江さんにも色々教えてもらったしね」 ばらは育てるのが難しく手のかかる植物であるが、周りに尋ねるほか本を読んだりばらを育てているご近所さんに聞いたり、完全なる初心者のたちなりにできる限りのことをしてきた。その甲斐あってか無事に咲いた花々を眺め、二人は嬉しそうに笑いあった。 「異常はないかー?」 そんなとき、広場のほうから大きな声が聞こえてきて二人はその場を後にした。 広場の中央でデジモンとテイマーたちに囲まれる、遠くからでもよく聞こえる大きな声の主はロイヤルナイツのデュナスモンだ。ネットワークの守護者としてかつては大いに恐れられた彼らだが、今ではこうして見回りに来てくれる。 「緑の園は問題なし、と。まあ、ここで何かあったらデジタルワールド全体がまずいときだろうな」 報告を受け終えたデュナスモンはそう言って豪快に笑うと「異常が発生したらすぐに連絡をくれ」と告げ立ち去ろうとしたが、何かに気付きぴたりと足を止めた。 「今日は来るのが早かったな管轄外」 デュナスモンが話しかけるほうへを目を向ければ、この緑の園で映える薔薇色の聖騎士の姿があった。はて、誰だろう。がきょとんとしていると、近くにいたマッシュモンが彼女を小突いた。 「ロイヤルナイツのロードナイトモン様だぞ! 知らないのか?!」 名前を言われてぴんと来たのか、の顔がぱっと明るくなった。 「そっか、はまだ会ったことなかったねえ」 デュナスモンの口ぶりからするにロードナイトモンは関係のないときにもちょくちょく現れているらしかったが、なにぶん新米のである。ロードナイトモンに限った話でなく、ロイヤルナイツ全員とは顔を合わせていない。その上、ロイヤルナイツといえば厳格なイメージがある。勿論、それだけでないことは彼女もじゅうぶん分かっているのだが、エレガントなオーラをまとうロードナイトモンはそのイメージとすぐには結びつかなかった。 優雅に降り立ったロードナイトモンは、ある一角をじっと見つめると不思議そうに首をかしげた。 「ばらたちがいつにも増して美しいが、近ごろ特別な世話でも?」 気のせいだろと呆れた様子であしらうデュナスモンの一方で、デジモンとテイマーたちは真面目にとりあい、何かあっただろうかと互いにざわざわと尋ねあっていた。その中の一人、リリモンがあっと声を上げる。 「新米のテイマーが配属されたからでしょうか。ほら、彼女です」 リリモンが手で示す方へ、皆の視線が誘導されていく。新たに来たテイマーはしかいない。急に注目の的になってしまった彼女は顔を赤らめた。 挨拶しなきゃ、とジャガモンに服の裾を引かれ促された深澄は慌てて口を開く。 「はっ、はじめまして、このたび緑の園に配属されたと申します!」 「……少し話がしたいがいいか?」 思わぬ申し出に、とジャガモンは顔を見合わせた。 たちの世話するばらの前に場所を移すと、ロードナイトモンの姿はますます映えた。むしろ彼のために用意されたのではないかという気さえしてしまうほどで、余計に緊張が高まる中、ロードナイトモンによる突然の面談は始まった。 「私はロードナイトモン。まずは歓迎と行こう、ようこそデジタルワールドへ。早速だが、きみは草花の世話が得意なのか?」 「いえ、全くの初心者です、すみません」 「でも、勉強はしていますよお!」 「ここの皆さんも色々教えてくださりますし!」 最初にうっかり出たネガティブな発言をあわててフォローしあう二人を見て、ロードナイトモンは満足気に「そうか、素晴らしい」と笑みをもらしたので、二人はいくぶんか張りつめていた気持ちが和らいだ。どうやら何らかのお叱りを受けるわけではないらしい。 「今度、一緒にアフタヌーンティーでもどうだ? きみのような者にはぜひともこのデジタルワールド産の茶葉を味わってもらいたい」 「デジタルワールドでも紅茶を作っているんですか?」 「そう、その様子だとまだ見てないようだな」 このエリアだけでもかなり広い。作物を育てている場所もあると聞いたことを思い出しながら、は頷いた。その様子を見て何かを閃いたのか、ロードナイトモンの顔が輝きだす。 「ならば私が案内しようじゃないか! そうだ、それからティータイムと行こう」 完璧なプランだ、と興奮気味に言いつつ、ロードナイトモンはの手をとった。 「さあ、いつにしよう!」 予想だにしない展開に驚き赤面するの横で、ジャガモンが「たいへんだあ」とあわてふためいた。 芽吹きのとき 2020/07/24 |