「きみがこの世界を変えるのだよ」

 途方にくれる私へ、そう言って手を差し伸べてくれた彼は騎士そのものだった(のちにそのことを伝えると彼は「まあ半分は正解と言っていいが」と苦笑していたけれど)。


 今、私がいるこの世界は崩れかけている。ところどころワイヤーフレームがむき出しになった大地を撫でていく、変にざらざらとした風は不快だ。荒廃ぶりが一目瞭然のこんな場所に、私は自分の意思で来たわけじゃない。目を覚ましたら知らない世界だった、なんて無茶苦茶な状況下で出口も分からず彷徨い歩いていると、突然二体のモンスターが現れたものだから、とうとう一切の理解を放棄せざるをえなかった。
 とにかく、逃げなくちゃ。それだけは分かるものの、足がもつれて尻もちをつく。最初から穏やかな雰囲気ではなかったが、そうこうしているうちに土埃が舞う激しい戦いに巻き込まれそうになって、いよいよ迫ってきた死の恐怖に体が全く動かなくなった、そのときだったのだ。
 身構えていた衝撃がいつまでも来ず、私は硬く閉じていた目をおそるおそる開いた。

「間一髪だった」

 目の前をなびく漆黒のマント。それまで戦い合っていたモンスターと同じ生き物というには違和感のある、理性を伴った落ち着いた声が頭上から降り注ぐ。彼が、私を救ってくれたのだ。

「やれやれ、野蛮で困ったものだ。毎日この有様でね。醜いだろう、この世界は」
「なんでみんな、こんな状況で戦い続けるの」

 ただでさえ荒んでいるこの環境の中、どうして自ら破滅へ進んでいくのか。私の呟きは問いというよりは、理解し難い彼らの行為に対する嘆きだった。持っていたスピアのような武器を一振りしてこびりつくデータの残骸を払いながら、彼は私の質問に少し考えこんだ。

「……ここにいる者たちはそうプログラムされている、と言ったらどうする?」

 はっとして顔を上げると、彼と目があいどきりとした。彼はその金色の瞳で私をじっと見据えたまま、続ける。

「きみがこの世界を変えるのだよ」
「私が?! まさか、そんな……」
「きみにはその力がある。ああ、そのことに気付いていなかったとは。無理もない、その素晴らしい力は私と共にいなくては発揮されることはなく、意味がないのだから」
「あなたと一緒なら、変えられるの?」
「勿論だとも」

 だから、さあ。私とは形も大きさも違う手が差し出される。どうしてだろう、その手を取るのに迷いは無かった。この話をすれば吊り橋効果と笑われるだろうか。それでも、私は出会ったばかりの彼ーーダークナイトモンを信じようと思ったのだ。

「私、やるよ」
「フフ、よろしい。ならばきみの名を聞こうか」
「私は、
「私の名はダークナイトモン。行こう、我々でこの世界を変えよう」

 世界を変える。私が生まれ住まう世界とは異なるこの世界を。行くべき道が見えた私は、彼の手を取った。


 初めて会ったときに思ったことながら、ダークナイトモンはとても強かった。正直、彼ひとりでも大丈夫なんじゃないか。それを素直に伝えてみたこともあったけど、そんなことはないのだと一笑されてしまった。
 そして彼は事あるごとに、私がいてこそなのだと繰り返し、私はその度にこそばゆくて、でも、互いの結びつきを感じられる気がして嬉しかった。
 そんなダークナイトモンだったけど、更に強くなるために、世界を変える前段階として、X抗体というものが必要だと教えてくれた。そのX抗体を求めてどれほど経っただろうか。私たちはようやく辿り着いたのだ。

「ついに手に入れたぞ、X抗体!」

 高笑いをするダークナイトモンの姿は様変わりしていた。エメラルドみたいなインターフェースのきらきらとした輝きは私たちの未来を予感させるようで胸が高鳴る。これできっと、変えられる。私がぼうっと見惚れていると、彼は何かに気付いた様子でさっと私のそばへ近寄ってくる。

「間に合わなかったか……」

 悔しそうに絞り出された声はダークナイトモンのものではなかった。私たちのもとへ降り立つ声の主を愉快そうに眺め、ダークナイトモンは旧友を迎え入れるかのごとく、両腕を広げた。

「誰かと思えばロイヤルナイツじゃないか」
「いかにも。私はロイヤルナイツは全てのナイトモンを統べる王、ロードナイトモン。もっとも、従わない『ナイトモン』もいるようですが」
「ほう、それは大変なことだ」

 ホストコンピュータであるイグドラシルに仕え、この世界のネットワークを守護する者ーー私たちの行手を阻む存在として、ロイヤルナイツの名前はダークナイトモンから聞き及んでいた。ぴりぴりとした空気が、騎士の名を冠する二人の間を流れていく。
 ロードナイトモンはふと私を一瞥すると、額に手をやった。

「人間が紛れ込んでいると話に聞いていましたが、まさか貴方が引き込んだのですか」
「疑うとは美しくないなロードナイトモン。彼女がここへ来たのは事故で、私と共にいるのは他ならぬ彼女自身の意思だというのに。なんなら本人に聞いてみるといい」
「……愚かな真似を」

ロードナイトモンがそうこぼし、構える。

「さあ、私たちの世界を作ろうじゃないか!」

 ダークナイトモンは振り返り、高らかに言う。彼の言葉も手も、向けられているのはいつだって私にだけ。やっぱり彼は私の騎士だ!



ここは世界の中心
(2020/05/05)