「クレニアムモンに質問なんだけど、私とイグドラシルどっちが大事?」

 彼女の質問は唐突だった。驚きのあまり言葉が出ずにいる彼、クレニアムモンを見かねてか、質問者の少女は「深く考えないで直感でいいよ」と付け加える。

 そう言われて深く考えないでいられるような単純な質問ではないし、その場しのぎで適当に答えることはクレニアムモンの性格が許さない。完璧な回答をしたいと思う一方で彼は、内心ひどく動揺していた。クレニアムモンはこのデジタルワールドのいわゆる神・イグドラシルに仕えるロイヤルナイツの一員であり、それと同時にこの人間の少女――のパートナーでもあるという複雑な立場だ。順位をつけるなどそう簡単な話ではない。

 もしや、試されているのではないか。一瞬そんな考えがよぎり、クレニアムモンは出題者であるの真意を図るべくその表情をうかがってみるが、彼女はいつものようににこやかな顔で、期待のこもった眼差しをもって答えを待っているだけだ。

 彼女が相手を試すような人間でないことはクレニアムモン自身がよく分かっている。思うところがあればいつもストレートにぶつけ、喜怒哀楽はすぐに表に出て、つまりは極めて素直な性格なのだ。クレニアムモンはのそんなところが好きだった。

 きっと今回も単に思いついたままを口にしているだけなのだろう。ならば自分も思うままを伝えるのみ。クレニアムモンはしばし悩んだのち、意を決して口を開いた。

「イグドラシルだ」

 それを聞いたは、はっとしたようにそれまで閉じていた口をわずかに開けたがすぐに閉じ、次に続く言葉をじっと待った。

「言い訳に聞こえるだろうが――私がロイヤルナイツとしての使命を放棄すれば、きっとのことも危険に晒してしまう。だから、そう答えざるを得ないのだ。しかしの命を脅かそうとするのならば、その時は無論、イグドラシルとて容赦はしない」

 全て言い切ってから、クレニアムモンはから飛んでくるであろう抗議に身構えた。しかし、予想に反して彼女は落ち着いているどころかむしろ笑みを浮かべていた。

「……怒らないのか?」
「怒るって? 何を?」
「その、一番はお前だと、即答できなかったことを」

 徐々に語尾がすぼんでいくクレニアムモンを不思議そうに見上げ、は目を瞬かせた。

「何言ってるの、思ってたとおりの答えだったよ」

 それが嫌味でも何でもなくさも当たり前のような口ぶりなものだから、答えを出すまでのあの苦悩は何だったのかと、クレニアムモンはいささか拍子抜けした。しかし、に答えを見透かされていたという事実に気づくと、その胸は途端にちくちくと痛みだす。

 は悪くない。彼女は事情を分かっているから、自身が一番でないと悟っていたまでで、悪いのは、そのような状況にを追い込んでしまった自分だ。胸を張って堂々とが一番だと答えられない、自分だ。ただでさえには普通のデジモンがパートナーであればしなくていい制限を強いているのに、これはパートナーとして正解なのかと問われれば、それこそきっと、答えを出すのに躊躇してしまうに違いない……。

 クレニアムモンが己の不甲斐なさに沈んでいると不意に、手に包み込むようなやわらかさとあたたかさを感じ、彼は視線をそちらへと向けた。が抱きついているのだ。

「私はロイヤルナイツのお仕事を頑張ってるクレニアムモンが大好きなんだもん、そう答えてくれなきゃ」

 それに、とは続ける。

「私のことも想ってくれてるってクレニアムモンから直接聞けて嬉しい」

 深い愛おしさがにじみ出るその声。溶けるような幸せが、クレニアムモンの手から全身へと駆け巡った。





世界は何色だ
(2019/05/25)